プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






ベリーベリースイートナイトメア

5.ママ


 ミルとナイトメアウォーカーの戦いは酸鼻極まるものだった。

 ナイトメアウォーカーに左腕を引き千切られながらもミルは奮戦し、ヤツの巨大な腕のうちの二本を腕のチェーンソーで切り落としていた。

 返り血で真っ白なミルの体がみるみる赤く染まってゆくが、彼女はお構いなしにナイトメアウォーカーに立ち向かっていった。

 ミルに気圧されたのか、ナイトメアウォーカーがいったん入ってきた破壊された窓枠まで後退する。

 ヤツは追いすがるミルを嘲笑うようにそのまま窓の外にダイブした。

 私は一番手近な窓に向かい、ヤツの行動を目で追った。

 ナイトメアウォーカーが二階の窓まで迫っていた血の海に落ちると同時に血の海から凄まじい勢いで湯気が上がった。

 湯気が晴れて視界が戻ると瞬く間にあれだけあった血はすべて消滅し、地面が顔を覗かせた。

 地上にはナイトメアウォーカーと四つの顎を生やしたその下半身がのたうっている。

 自分のチェーンソーのついた腕を元の手に戻すと、ミルはナイトメアウォーカーに引き千切られた自分の左手を拾い上げた。

 「しつこい子」

 ため息交じりに階下のナイトメアウォーカーを見ながらそうつぶやき、千切られた左腕を元あった場所に押し付けた。

 傷口からは血は出ておらず、むき出している筋肉さえも真っ白だった。

 どういう原理かはわからないがあっという間に腕は結合した。

 左腕の掌を開閉して調子を調べると、ミルはナイトメアウォーカーを追って窓枠から虚空に身を躍らせた。



 ミルが腕を結合させている間にナイトメアウォーカーも準備をしていたようだ。

 上半身から生えていた大量の腕と下半身の顎が見る見るうちに胴体に吸収されて消えると、ナイトメアウォーカーは上半身と下半身を

 元あったように接着させた。

 ミルが飛び降りると同時に、ナイトメアウォーカーのくっついたばかりの下半身からタコのように何本もの長い腕と顎が生え始める。

 先ほど上下半身から生えていたのと同じで、一つ一つが人間を簡単にどうにかできるくらい巨大だ。

 タコの足に人間の上半身がついたような、奇怪な状態へとヤツは変貌を遂げた。

 体長は3mはあっただろう。

 私はミルを追い、背後の階段を駆け下り始めた。



 地上の出口から出る頃にはすでに戦闘は始まっていた。

 すばしっこく飛び交いながらナイトメアウォーカーの攻撃をかわして隙を伺うミルは、今度は両手にチェーンソーを装着している。

 切っても切ってもすぐ生えてくるヤツの腕に苦戦しているようだ。

 不意に地上で眼前の一本のヤツの足に気を取られていたミルの脇を、横から薙いたもう一本が叩いた。

 避けきれずもろに食らったミルが右手の病院の施設に叩きつけられる。

 すぐに壁に張り付いたままのミルに向かってナイトメアウォーカーが顎のついた足で追う。

 ミルが頭上の窓枠を掴んで病院内に飛び込むのが一呼吸遅れていたら今ごろ噛み砕かれていただろう。

 私は何もできない自分がもどかしかった。

 「ミル!」

 姿を隠したミルに向かってナイトメアウォーカーが叫ぶ。

 ぎらぎらと赤い瞳が憎悪に燃えていた。

 「いい加減諦めて私に食われなさい! どうせ『ママ』はお前の存在なんか望んでないわ!」

 返事はなかった。

 耳が痛くなるくらいの静寂が周囲を支配している。

 不意にナイトメアウォーカーがこちらに向き直った。

 ぎく、と私が一歩後ずさる。

 憎悪以外の何も感じられない赤い瞳がまっすぐに私を捕える。

 ヘビに睨まれたカエルの気分が良くわかった。

 ナイトメアウォーカーが下半身の足をそれぞれ絡ませないように起用にうねらせながら私に向かって突進を始めた。

 「げっ!」

 自分の顔から血の気が失せたのがわかった。

 ミルは!? どこへ消えたんだ?!

 あわてて転進して走り出そうとした時、突然私とナイトメアウォーカーの間の地面が盛り上がった。

 土を撒き散らしながら地面から飛び出してきたのは、両手をドリルのように変貌させたミルだった。

 病院の施設内から地面に潜り、ここまでやってきて奇襲をかけたのだろう。

 突然の事で反応が遅れたナイトメアウォーカーの足を掻い潜るとミルはヤツの上半身に抱きついた。

 「違うわ。『ママ』は狂いながらもまだ私を必要としている、アンタを受け入れてはいけない事を知ってるのよ!」

 ミルが叫ぶと同時に彼女の全身からハリネズミのように腕くらいの太さのドリルが飛び出した。

 抱きつかれていたナイトメアウォーカーの上半身を、くぐもったエンジン音と共に何十本ものドリルが貫いてゆく。

 空気を奮わせる絶叫と共に、ナイトメアウォーカーの全身から鮮血が噴き出した。

 彼女らの周囲のあちこちに血の塊のようなものがが飛び散った。ドリルで砕かれたナイトメアウォーカーの肉だ。

 ミルの攻撃はほんの数十秒ほどだったが随分それは長い時間に感じられた。



 ひとしきり血の雨を降らせるとナイトメアウォーカーは霞のように空気の中へと掻き消えた。

 返り血で愛らしい顔を汚したミルが、元の姿に戻って地上へと落下する。着地する体力が残っていなかったようだ。

 「おい!」

 駆け寄って抱き起こすと、ミルは消耗しきった顔で無理矢理笑顔を作った。

 「大丈夫。ありがと」

 私の手を借りるとミルは立ち上がり、顔の血を拭う。

 「ヤツは?死んだのか」

 「まさか、私が生きているって事はナイトメアウォーカーも生きてるって事よ。私達は表裏一体なの」

 髪についた血のりを気にしながらミルが答える。

 「今度は時間もありそうだ。話してくれないか?」

 「…どこから話そうかな。とりあえずこっちへ来て」

 ミルは私の手を握ると病院の中庭に向かって歩き始めた。

 石膏のような硬い感触がする、冷たい手だった。

 「まずさっき私達、『ママ』って言ってたよね。それが私達の親でありプリズムのもっとも純粋な心…」

 私の手を引いて先導しながらミルが言った。足取りも口調もしっかりしている。

 「私とナイトメアウォーカーはプリズムの本体を巡って戦っているの。私はプリズムを守っているわ」

 「ナイトメアウォーカーは本体…『ママ』を破壊しようとしているのか?」

 「いいえ。あいつはママを乗っ取ろうとしているの。…ママの憎悪は強大よ。

 ナイトメアウォーカーがあそこまで凶暴な怪物になってしまったのもそのせい…いつしかナイトメアウォーカーはママの支配下を離れて暴走を

 始め、今は本体を乗っ取ろうとしている」

 中庭に入る舗装された道を私達は歩いていた。

 12月の陽光は弱かったが、柔らかく優しかった。

 「ナイトメアウォーカーと君はお互いママを乗っ取ろうと、占有権を巡って戦っているのか?」

 ミルは私の問いに少し悲しそうに視線を落とした。

 「違うわ。私はママを乗っ取ろうとしてるんじゃない…ママに、自分で気づいて欲しいの。

 この悪夢の世界から脱出できる力が自分にあるって事を」

 不意に陽光が強くなったような気がした。

 たちまち私の視界が真っ白に埋め尽くされる。

 「うっ!?」

 「大丈夫。手を離さないで」

 ミルに手を引かれて進めば進むほど、すべてが白く滲んでゆく。

 足元の感覚は硬い舗装道路のままだった。

 「それともう一つ。貴方はナイトメアウォーカーって何を憎悪しているんだと思う?」

 姿は見えなくなってしまったが手からははっきりとミルの手の感触が感じられる。

 「元の持ち主だと推測しているが」

 「大外れ」

 イタズラっぽくミルが言う声がホワイトアウトした世界に響いた。

 やがて白みが薄れてくると、少しずつミルの輪郭が真っ白な世界に現れ始めた。

 視界が戻ると、遠くに地平線が見えた。

 画用紙を切り抜いて作ったような真っ白な平坦な地平と、同じく真っ白な空。

 平衡感覚がなくなりそうな世界だった。まあ今更驚きゃせんがね。

 私達から少し離れた場所に、光を照り返す透明な板が見えた。

 箱型をしているそのガラスのような板の中に、人影が動いているのがわかる。

 「紹介するわ。私達のママよ」



 そのガラスの檻の中ので、少女は壁の一つを叩いていた。

 血の滲んだ拳を何度も何度も、泣き叫びながらガラスの壁に叩きつけていた。

 哀願するような悲痛な叫びが聞こえるようだ。しかし世界は無音に満ちている。

 「ママはもうずっとああしてる。私が生まれた時からね…」

 ミルは悲しそうに目を細め、ママと呼んだ一人の少女を眺めた。

 ナイトメアウォーカーほどの圧倒される憎悪も、ミルほどの純白さも感じないその少女は、プリズムそのものの姿をしていた。

 ピンク色の髪を振り乱し、ガラスの壁に向かってしきりに何か叫んでいる。

 「何をやっているんだ?」

 ミルは少し眼を閉じて考えを巡らせた。

 「…あの檻はプリズムが、ママ自身が作り出したの。傷つく事を異常に恐れて作り出した、外界と自分を遮断する檻。

 その檻はあのガラスを通して見せる外界のすべてを恐ろしく歪めて見せるの。…耳を済ませて。ママの声が聞こえるでしょ」

 言われて、私は目を閉じて耳に神経を集中させた。

 やがて冷えた空気を裂く、悲痛なプリズムの悲鳴が私にも聞こえてきた。

 『お願い、私に気づいて! 私はここにいるの、ここにいるのよ!

 私に気づいて、私を愛して、私に触れて! お願い、お願い、お願い!

 貴方の為だったら何でもするから…お願い、ここから出して…私に気づいて!』

 拳を壁に叩きつけるごとに血が飛び散り、涙が床に落ちる。

 哀しい叫びだった。空間を満たしている空気が泣いてるようだった。

 「ナイトメアウォーカーが憎悪しているのはプリズムの元の持ち主じゃないわ。
                                        マスター
 プリズムは元の持ち主にすごくひどい事をされたけど…まだ彼女は主を愛している。

 好きで好きでどうしようもないの、虐待さえも愛情として受け取ったわ。

 でもプリズムは飽きられ、捨てられた…」

 眼をゆっくりと開いた私が、ミルに向き直る。

 「ナイトメアウォーカーはプリズムが…愛されなかった自分自身に向けた憎悪が生んだ怪物だったのか」

 私の声はかすれていたかも知れない。

 「ビンゴ。ママはマスターに今も愛されたくて、気づかれたくて…ああして叫んでいるの。

 あの檻を出れば世界はまだまだ広がっているのに、檻がそれ以外のすべてを見えなくして客観性を失わせてる。

 鏡にはプリズムのマスターが映っているんだから…でも、私はママを助けたい」

 ミルは凛とした表情で私に向き直った。

 「力を貸して。今まで色んな人がこの世界に迷い込んできたけど、現実だと認識できずにみんなナイトメアウォーカーに食われたわ。

 貴方は大丈夫でしょ?」

 「ああ。ここまできたら信じるしかないだろう、外界の連中に正気を疑われるのが承知でな」

 ため息交じりに私は返事をした。

 「で、具体的には何をするんだ?」

 「今日のところは一度元の世界に戻った方がいいわ。みんな心配してるでしょ??」

 「だろうな。それにプリズムの精神鑑定の結果と紅緒君の事も気にかかる」

 突然ミルは、いつに無く年相応の年頃の娘のように悪戯っぽく笑って言った。

 「好きなんでしょ?」

 「誰が何をだ?」

 「わかるわよ私にだってそんくらい。この!」

 「…。紅緒君の事を言ってるのか?」

 「えっへっへ〜。さあね」

 このお子様が…。さてはプリズムが見聞きした情報は彼女にも伝わるのか。

 「私は既婚者だ」

 現実世界への帰還に備えて着衣を正しながら私はミルに言い放った。

 ミルがハトが豆鉄砲を食らったような顔をする。

 「えっ!?」

 「いや…もう違うか。ま、もう別れたがね。…子供も生まれたよ」

 「どういう冗談?」

 「冗談なものか。子供が…死んだからな。それが離婚の原因だ」

 ミルがはっと息を呑む。

 「えっ…あっ」

 「気にするな。もう昔の話だ…」

 言い終えて私はもう一度、ガラスの檻に向き直った。



 ハルカは救えなかった。

 私が仕事をしている間に病院のベッドで死んだ。

 妻が眼を離した隙に熱湯をかぶったそうだ。全身火傷で感染を起こし、あっけない最後だった。

 …料理を、したかったらしい。

 ロクに家に帰らず仕事ばかりで留守の私が帰ってきた時の為に。



 これは、贖罪なのだろうか?

 これから私が救おうとしている少女は、私に気づいて欲しくて死んだハルカなのだろうか?


















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