プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






ネモ

10.あいのうた


 呼ばれている事に始めて気づいたネモが、上であぐらをかいていた椅子から葉吹に向き直った。

 「えっ、何?」

 「…」

 葉吹は顎を撫でながら溜息をついた。

 「どうした? 集中力を欠いてる」

 「う…うん。何でもないよ、大丈夫」

 慌てて否定した彼女が本当は大丈夫でない事は彼もエミリーナもわかっている。

 ここ数日ぼーっとしっぱなしで訓練中は生傷が絶えないという醜態をさらしているネモを見てどうしてそう思えよう。

 ネモは湿った空気の立ち込めるコントロールルームでウォーミングアップ前の僅かな時間を過ごしていた。

 足の踏み場もないほどの混沌ぶりを見せる室内にはコンピューター機器やそれに連なるコードの束に完全に支配されており、更に書類や

 前の使用者が残していったゴミなどのおかげで嵐の後のような様相を訂している。

 薄汚れた蛍光灯の落とす光は無機質な物品を浮き上がらせ、そこに存在する人間までもこの鉄とプラスチックの山の中に飲み込んでしまうようだ。

 最近のネモは呆けたりイライラしたりと不安定だった。

 理由は一つ。わかっている。

 エニクは今夜のゲームには出ない。少なくともあと数ヶ月は療養が必要だろう。

 ふとネモは前回の試合の事を思い出した。

 VSフェンリー・シェイ戦の事前にエニクと話した、僅かながらの愛しい記憶。

 そういえばエニクに対する思い出が随分少ない事にネモは今更ながらに気づいた。

 ちょっと前まではこれからきっと思い出を作っていけると喜んでいた事さえ、何故か随分遠い昔の事のように思える。

 楽しい記憶はすぐに忘れられてゆくのに何故辛い記憶はいつまでも心の底に残り、人を苛み続けるのか。

 「足、動かしてみて」

 ネモの前に屈み込んでいたエミリーナが前髪を手で除けながら顔を上げる。

 椅子にかけたままネモはゆっくりと足を持ち上げ、柔らかな毛に覆われた足の先端で不調和を訴える金属片を眺めた。

 蹴りの威力を高める為のスパイクで、いわばネモの靴である。

 足の甲に沿って突き出している黒い突起は可能な限り軽量化され、無理なくネモの足と一体化する形状となっている。

 先端が丸く鈍らせてあるのは突き刺す為の武器ではなく、相手の内部へと衝撃を浸透させるものである事を示す。

 勝率が上がれば当然のごとく強者が並ぶ世界へ足を踏み入れる事となり、一筋縄ではいくまいと葉吹が用意させたものだ。

 ネモは数回練習でも履いており勘は掴んでいる。

 「今回は勝敗よりもそいつの感覚を知るつもりで行け。無理はするな」

 モニタの中で繰り広げられる新人達の前座試合を眺めながら、それに大して感心もなさそうに葉吹が言った。

 「集中しなよ。ケガすんのはアンタなんだからね」

 というエミリーナの言葉に送られ、ネモはコントールルームを後にした。

 ネモの背を見送った彼女が腰に手をやって大きく溜息をつく。

 「大丈夫かなあ」

 「やっぱ応えてるな」

 煙草を咥えて葉吹は腕組みした。

 心配は心配だが、自分たちがネモにしてやれる事はあまりにも少ない。

 「あの子が乗り越えるしかないんだよね」

 眉を寄せたエミリーナが、もう一度溜息をついた。



 ――何故僕はあの人をあそこまで追い込んでしまったのだろう。

 僕が人間でなかったから?

 女の子でなかったから?

 押し潰されるような重圧感の四方をコンクリートに囲まれた通路を歩きながら、ネモはとめどない考えを巡らせていた。

 頭が重い。寝不足のせいだ。

 通路のはるか先に見えた光点はやがて四角く形を変え、その入り口の先は熱狂した観客を収容する会場へと続いている。

 一歩進むごとに渦巻く熱気がネモを包み、彼女は不快感に僅かに兎の耳を震わせた。

 充分なウォーミングアップで身体は火照り全身を巡る激しい闘志を感じる。

 だけど、心は。

 エニクは今夜も、この街のどこかで自分の試合を見ているのだろうか?

 入り口から溢れる光に身を委ねたネモを会場の観客達が割れんばかりの歓声で迎える。

 一瞬光に眼を灼かれてめまいがした。

 観客席とは防弾ガラスと金網の二重の壁で隔てられている通路を進みながらネモは舞台へと向かった。

 踏みしめるように、一歩ずつ。

 口々に罵倒や嬌声を口にする客達をそよ風のように受け流してネモは舞台の上へと立った。

 チリチリと肌を焼くような緊張感と沸き立つ気迫もネモの悩みを吹き飛ばすには至らない。

 最初の内はここで走る理由は、自分がその為に生まれたからに他ならなかった。
                                   キラーエッジ
 次に見つけた目的はトリプルクラウン、最強のプレイヤー『凶刃』に一歩でも近づけたらという淡い憧憬。

 だけど今は?

 ネモは何の為にここで走り、戦うのだろう。

 隣の舞台にはすでに今夜のゲームの相手が姿を現している。

 過度の照明を浴びて周囲を自分の雰囲気に飲み込んでいる一人のボーダーが。

 黒いプロテクタスーツに黒いフルフェイスのヘルメットをつけ、ネモの事などまるで興味もなさそうに正面のチューブの入り口を見つめている。

 そこが自分の支配している空間だと言わんばかりの圧力である。

 ピーーピーガガガ さーーーぁファンの諸君はお待ちかね!いよいよ待望のアイドルの登場だぜ?
                                                 シャイニングボルト
 今夜も華麗なるそのボディとフェイスで俺達を逝かせてくれ!チーム・ノーチラスより『閃電』ネモーーーーー!!

 はちきれんばかりに膨れ上がった歓声を、しかし無視するようにネモはその場に立ち尽くしたままだった。

 瞳を閉じて精神を集中させる。

 ――そう。最初の理由に戻せばいいんだ。

 僕はこのロードの為に生まれて、死んでゆく。余計な事はもう考えちゃダメだ。ここが僕の人生だ。

 ピアス型の通信機から漏れる葉吹のアピールを促す声も届かない。

 ゆっくりと息を吐いて自身を落ち着かせ鼓動を確かめるように胸に手を置く。

 再び開いた双眸から放った光は、走る事以外の自分のすべてを押し殺した悲しい決意のものだった。

 歓声もアナウンサーの相手の紹介もネモの耳には届かず、ネモは今までにないくらいの手足がわななくような意識の集中と高ぶりを感じていた。

 観客には見えたかも知れない、ネモの身体から陽炎のように立ち昇る闘志と気迫を。

 試合開始を促す合図でネモはスターティングブロックに身を沈めた。

 ネモの大小問わずすべての動作は溢れるような熱を放っている。

 引き絞った矢と化したネモの眼に映っているのはこれから始まる死闘の舞台の入り口のみ、見開いた目はゴーグルの奥で僅かに細められた。

 隣のボーダーが同じく身を屈めてスタートの姿勢を取って数呼吸分の時間が流れる。

 スタートの合図が下されると同時にネモは一本の白い稲妻と化した。



 仕掛けてこないな

 通信機の向こうで葉吹がそう漏らす。

 数m後方で走行を続ける今夜の相手――新参のチーム『STEREO』から参戦したボーダー、ロミオ――は、試合開始からしばらくその姿勢を

 崩していない。

 すでにスタートしてから半分近くもの距離を走った頃だ。

 様子を見てけ、何か狙ってやがるかも

 慎重に後方の相手に意識を集中させながらネモは小さく頷いた。

 壁に埋め込まれた照明器具や緊急時用の鉄の扉が凄まじい速さで視界の後ろへ流れて行く。

 その視界の中に一つ、形を留めて残っているのはこのボーダーだけだ。

 空気を切り裂く音に混じって聞える背後のボードのエンジン音に、不意に変化が生じた。

 一瞬で加速した相手はネモの右手の傾斜を利用して空中へと身を躍らせる。

 流れるような華麗なエアートリックを決めながらネモの前方に降り立ったロミオは慣性に逆らうべく身を伏せ、突然反転ブレーキングで己の勢い

 を殺してネモに迫った。

 ゼロコンマ数秒で一気に間合いを詰められたネモは正面から向かい合ったロミオに対し一瞬判断の躊躇が生ずる。

 次の彼の行動は何者にも予想も理解も及ばないものだった。

 予測の外の行動に反応が大幅に遅れ、ネモは視界いっぱいに迫ったその黒い塊をかわし切れない。

 それでも顔を背けて眉間をかすった程度で済ませたのは、彼女の反射神経の賜物と言うべきか。

 ロミオは喉とその側面にある止め具を力任せに外すと、ヘルメットを剥ぎ取りネモに投げ付けたのだ。

 もちろんルール違反である。

 視界とバランスを失って転倒しかけながらも何とか立て直し、ネモはロミオの脇をすり抜けてコンクリートの床の上で受身を取って停止した。

 額に鋭い痛みが走る。

 呆気が過ぎて怒りがネモの意識を支配する頃、立ち上がったネモは振り返って相手を見た。

 どくん、と心臓がなった。

 ゴーグルと簡易ヘルメットを外して目をこする。

 数m後方で男はボードの止め具を外し、開放した両足でコンクリートの上に立っていた。

 振り乱した金髪がチューブを吹き抜ける風に踊っている。

 その髪も、糸みたいに細い眼も、吊り上げた唇もすべてそうであって欲しくないというネモも思いを裏切り、確かにそこに存在していた。

 チューブ内の明かりに浮き上がるその笑顔を、ネモは随分久し振りに見た事に気づいた。

 「よぅ。相変わらず可愛くて嬉しいぜ」

 ロミオ、いやエニクは細い糸目をめいっぱい開いてもう一度笑って見せた。



 葉吹も選手の中身が変わっている事に気づいたSTEREOのメンバーも、反射的に眼前の試合放棄スイッチを叩いていた。

 もちろん試合放棄が理由で押したのではない。コース上で起こっているトラブルの始末を運営側に要求したのである。

 「逃げろ、ネモ!」

 葉吹はまず、インカムに向かって真っ先にそう言った。

 何故かは自分でもよくわからなかった。

 だけどエニクの瞳が放つ光はどう見たって普通じゃない。イヤな予感がする。

 胸のざわめきを押さえて葉吹はもう一度インカムに同じ言葉を繰り返した。

 「何やってる!逃げるんだ、ネモ!」



 「この服の本来の中身はロッカールームでくたばってる。体形が似てて助かったよ」

 笑みを貼り付かせたままエニクは首を鳴らした。

 眼から放たれる凶悪な光がネモに対して明らかな害意を湛えている事に、彼女は気づかない。

 エニクはブーツの音を響かせながら一歩ずつ放心しているネモに歩み寄った。

 「寂しかったか?」

 ネモは弾けそうなほどに波打つ左胸を押さえた。

 エニクはもう数歩前へ。

 「俺でなきゃあもうダメかい」

 胸を押さえた手が小刻みに震えている。

 ネモは迫ってくるエニクから逃れるように半歩後退した。

 (…この人…エニク?)

 怖い、とネモは思った。

 瞳を閉じれば見えた優しい声も、瞳も、形以外の何かが違う。

 彼の全身から放たれる粘ついた冷たい空気にネモは背筋が凍るような感覚を覚えた。

 「どうした?俺が思い出せないかな」

 息がかかるほどの至近距離で足音は停止した。

 ネモは始めてこの時彼の胸に垂らしているものが放つ金属音の正体を理解した。

 前にネモが渡した、古滝から譲ってもらった様々な種類のお守りを一まとめにしたネックレスだ。

 相変わらず笑みを貼り付かせたまま自分を覗き込むエニクの視線がネモの脳髄を恐怖で麻痺させた。

 エニクが不意に右手を持ち上げた。

 その動作にビクとネモの兎の耳が跳ね上がる。

 自分の髪に優しく触れたその手の冷たさにネモが震え上がるより早く、エニクは笑ったままネモの頭を掴んで固定しながらその腹部に素早く膝を

 突き出した。

 腹に突き刺さった衝撃にごふと肺の空気を絞り出してネモが上体を折る。

 苦痛が一瞬意識を支配し、すぐに身を屈めて下げた側頭部に再びエニクの膝が炸裂した。

 骨のぶつかる音がし意識を一瞬苦痛にかき乱されてネモはコンクリートに崩れ落ちた。

 彼女はまだ、これが現実だと判断がつかない。

 ただ苦痛だけが頭の中でがんがん鳴り響いていた。

 身を屈めたエニクがうつ伏せて震えるネモの髪を片手で掴み、無理矢理立ち上がらせる。

 「さあ、二人罪深く愛し合おう」

 こめかみから流れ落ちる血と交ざった涙を流すネモの顔を無理矢理上げると、凶刃は脆く儚い華を愛でるかのように愛おしそうにその唇に

 自分の唇を重ねた。

 微塵の暖かさも感じない、無機物に触れたような感覚がネモの空っぽの心に落ちてきた。

 耳の小さな受信機から男の怒鳴り声が遠く聞える。

 「邪魔する無粋な連中はしばらくは来ない。緊急用出入り口にカギをかけたヤツがここにいるからな。

 …会いたかった。愛してる」

 囁くような愛の言葉にエニクは目を細め、再びネモに唇を寄せた。

 「!」

 それが届くよりも僅かに早くありったけの気力を絞ってネモがその手を振り払い、慌てて戒めから逃れる。

 苦痛は堪えられる程度だ。体力もまだそれほど消費してはいない。

 だけどネモの顔に僅かに落ちる翳りがエニクには見て取れた。

 何故今彼が自分に対して危害を加えようとするのか理解できない、悲しいまでにやり場のない感情が。

 「何で」

 ネモは歯を食いしばって相手の男を睨んだ。

 「エニク、何でこんなこと」

 顔から笑みがふっと消え、そのネモの視線と彼の視線が噛みあった瞬間にエニクの足が跳ね上がった。

 腕を広げて回転させた上体に着いてきて、ほんの僅かに遅れて上段の蹴りがネモの頭部に襲い掛かる。

 旋風脚!

 慌てて身を沈めたネモの兎の耳をエニクの踵が掠めてゆく。

 反射的に放った攻撃はネモの格闘家としての本能が身体を突き動かしたのだろう、無防備な背を見せたエニクに彼女は拳を突き出した。

 左の脇腹を狙ったレバーブローである。

 その拳が半回転して背を向けたエニクが降ろした左腕と噛み合った。

 ネモは本来打撃を専門にしていない、容易く防がれたその拳に自分の腕を巻きつけるようにエニクは腕を伸ばし、自分の身体の回転に巻き込んで

 ネモを引き倒す。

 一瞬のうちに腕を逆関節で取られうつ伏せにコンクリートに押さえつけられたネモの耳に、顔を近づけた生暖かい息がかかった。

 「あ…」

 相手の悲鳴に不意にエニクが腕に力を込めた。

 ネモは相手に掴まれた己の腕が上げた骨と肉の悲鳴を聞いた。

 「あ…っあああ」

 ギシギシと腕が軋む苦痛がネモの脳を鐘のように叩く。

 肺に残った空気が喉の奥から漏れて悲鳴に変わった。

 「泣け、泣けよオラ!」

 左手でネモの腕を掴み、残った腕でエニクはネモの頭を押さえてその顔をコンクリートに押し付けた。

 顔には再び凄惨な笑顔を張り付かせて。

 「ジェラシーってヤツさ。君が好きで好きで仕方なかったのに俺はどっかで君をぶっ壊したいと思ってた。

 メチャクチャに犯しまくって殺せばそりゃァ気分がイイだろうなぁ?何でかわかるかな」

 偽りの優しさに満ちたエニクの声が、不意に突然怒張した。

 肌をピリピリ刺激する彼の激しい憎悪と嫉妬が伝わってくる。

 「てめェが俺の理想でなくなれば俺ァヤクに頼る必要なんざなくなんだよ!

 てめェさえいなくなれば、てめェさえなァ!俺が吐き気がするようなもう一人のクソの俺はもう出てこなくていいんだよ!

 わかるか!?あァ!?てめェが好きだったぜ、会う事が楽しみだった!だけどなァ別れた瞬間クソの俺が毎回出やがんだよ!

 しかも全ッ然そいつが俺から出てこうとしねェ、てめェと会った時だけなァアア!」

 耳元で喚き散らすエニクの声をネモはどこか遠くで聞いていた。

 反応のないネモに彼は沸点に到着した。

 ネモの頭から不意に腕が離れ、エニクが右手で掴んでいたネモの腕を両手で組み直して一気に力を加え、ねじる。

 次の瞬間苦痛がネモの意識を極限まで覚醒させた。



 意識に白く霞がかかり、放物線を描くように覚醒から混沌へ落ちてゆくネモの思考には再び同じ事が巡り始めた。

 ――何故、今僕は大好きだった人と戦っているんだろう。

 僕が、女の子でなかったから?

 僕が、人間でなかったから?

 彼とは、エニクとは違ったからなのかな。



 ノートパソコンのオンライン中継で試合の状況を眺めていた紅緒は、その中で展開している出来事から思わず顔を背けた。

 「ハートリペアの末期症状だわ…過剰摂取によるホルモンバランスの異常が彼から正常な判断力を奪ってる」

 書類の整理をしていたネクはふと手を休めたが、すぐに視線を棚に戻す。

 今日でパステルデビルのリーダーとかわした約束は終了だ。この病院に用はなくなる。

 すぐに背に刺さる紅緒の視線を感じたが、彼は意図的にそれを無視した。

 「今日で彼の治療する義務もできる権利もなくなる」

 紅緒の先手を打ちネクは言い捨てて書類を棚に戻した。



 「クソッ」

 コントロールルームでは遂にノーチラスのリーダーが限界に達していた。

 電光の勢いで立ち上がった葉吹がエミリーナにインカムを投げ渡しながら扉に突進する。

 「ネモに話し掛け続けろ、意識がなくなったらあのヤク中野郎になされるがままだぞ!」

 管理側は何やってやがる!

 エミリーナが葉吹、と呼ぶ暇もなく彼は心中で毒づきながら姿を消した。

 すぐに自分の役目を認識して彼女はモニタに駆け寄りありったけの声で叫ぶ。

 「ネモ!」



 ふと、白い霞の中にエニクの顔が見えた。

 いつか見た優しい笑顔がネモの最後の意識の欠片を手放させようとした。

 しかし激しい衝撃音がそれを阻害し、薄らいだ景色が再び色彩を取り戻す。

 深い霧の中を彷徨うネモに奇妙なインセントネーションのある男の声がかかった。

 「何をしている?」

 倒れたすぐ脇で蒼い毛皮に覆われた足がコンクリートを踏んだ。

 ネモと同じ足だ。人間のものではない。

 自分の身体にのしかかっていた重圧感が消えている事に気づいてネモは自分が戒めから逃れた事を知った。

 「何をしている、と聞いている」

 微塵も自分を気遣うふうのない声は返ってネモの心を安定させ、彼女は何とか意識を取り返すことに成功した。

 右腕の一切の感覚が苦痛と入れ替わっている。

 エニクに関節の骨を折られたのだろう、奇妙にねじれて紫色に腫れ上がった腕は力がまったくこもらない。

 夢遊病者のように立ち上がったネモの頭上で、人狼は吹き飛ばしたエニクを真っ直ぐその双眸に捕えた。

 掌底を放ったばかりのその腕からは渦巻くエネルギーが陽炎となってまとわりついて見えるような錯覚を頂かせる。

 フェンリー・シェイは冷笑のもと遠慮なく言い放った。

 「それでも俺を倒したプレイヤーか? あまり失望させるな、ガキが」























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