プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






ネモ

最終話.あいのうた#2


 「何で貴方だけ」

 頭にかかるもやを払って意識をはっきりさせようと、頭を振りながらネモは驚きを隠せないでいた。

 「緊急用の通路の扉にえらく頑丈なカギが下りてるだとかでな。管理側の連中はまだモタついておるわ」

 前方に突き出した鼻と大きく裂けた口からはいかなる感情も読み取れない。

 どだい狼の顔から表情を読み取ろうと言う事が無理な話だ。

 ただ妙なインセントネーションのかかる口調だけが彼の心情を物語っていた。

 フェンリー・シェイは軽く腕を垂らしてゆっくりと呼吸を続けながら、寸分も通路の先に転がった黒い物体から視線を外さない。
                                       キラーエッジ
 「他のプレイヤーどもも二の足踏んでおるわ。なんせ相手があの『凶刃』だからな」

 不意にフンと鼻を鳴らした狼がゆっくりと片足を一歩下げて腰を降ろした。

 軽く握って構えた両腕を循環する氣が渦巻くようなプレッシャーを周囲に放つ。

 徒歩戦の構えだ。

 しかし、対峙すべく構えた相手はネモではない。

 「どいつもこいつも…」

 フェンリー・シェイがにいと口の端を吊り上げて笑顔のようなものを作ったが、しかし声に混じった驚愕も困惑も誤魔化しきれていない。

 「俺が死線から持ち帰った技をあっさりと」

 腕の痛みを堪えて振り返ったネモは見た。

 勢いに体重を乗せて放った彼の必殺の掌底はネモにのしかかっていた男の胸板を捕えたにも関わらず今、彼はゆっくりと立ち上がった

 ではないか。

 床に伏していた黒い影が伸びて人の形になり、やがてそれは両腕を垂らして仁王立ちになったエニクの姿になった。

 圧倒的な殺意の風を放ちながら彼は糸目をめいっぱい開いて二人を視線で縫い止める。

 「クソ犬が」

 細い唇を伝った血を手の甲で払い退けると、エニクは殺気を開放したままゆっくりと前進を始めた。

 「礼儀ってモンを知っとけ。恋人同士のお楽しみタイムにどんだけ場違いな乱入だ? あァ!?」

 ゆっくりと迫り来る彼にフェンリー・シェイは何も答えない。

 いくつもの小さな髪飾りで束ねた髪が殺気に呼応して流れ、しゃらしゃらと音を立てた。

 「退け。その腕では何もできまい」

 ネモに忠告した彼の歯を剥いた頬に、一滴の汗が滑り落ちた。

 ビーステッド・ドールズの中では野生の本能を大きく引き継いだ彼の中の狼が今、告げている。

 こいつには多分勝てない。

 不意に視界の外から予想していなかった感覚が腕に現れた。

 小刻みに震える、彼の腕を覆う蒼い細やかな毛皮にネモの手が置かれたのである。

 「フェンリー」

 一歩ずつ前進を続けるエニクに向き直ったままネモはフェンリー・シェイを制した。

 「僕がやる」

 反論はできなかった。

 見下ろした彼女から放った声に決意とそれに並ぶ異様な圧力に気圧されて人狼は総毛立つ思いをした。

 エニクから発せられるものとはまた別の、有無を言わせぬ固い意志が込められている。

 「ロードを通って来るとして、スタッフが着くまでどれくらいある?」

 「カギをぶっ壊せたかどうかにもよるが…まああと数分だろうな」

 軽く頷いてネモは場所を譲ったフェンリー・シェイのいた位置でゆっくりと構えた。

 折れた右腕を庇うように半身になり、左腕を軽く握って持ち上げる。

 カギが降りているとフェンリー・シェイは言ったが、緊急用通路の扉に南京錠が降りている訳ではない。

 ロードの各点に数個ずつ等間隔に壁の傾斜に沿ってある扉は壁の中の一本の通路に繋がっており、この通路には負傷したプレイヤーを速やかに

 運搬する高速車両が設置されている。

 しかしスタート地点の緊急用通路の本扉を含めこれら一切は電子ロックによって管理されており、そのすべてが作動しなくなっているのである。

 となれば異常を察知した管理側のスタッフはロードを通ってやってくるしかないのだが、このような自体に備えた移動手段は一切用意されていない。

 マフィアの運営する機関を邪魔するなどという無謀な行為は正気な人間ならばする筈がないからだ。

 しかしあいにく今回の主犯は正気ではなく、頼みの綱の他のプレイヤーたちは先ほどフェンリー・シェイが言った通りである。

 「下がって」

 片腕で構えたままネモはフェンリー・シェイに言い放った。

 もう眼はエニクしか見ていない。

 その視界から蒼い人狼が消えると同時にエニクはコンクリートを蹴って間合いを詰めた。

 踏み込みながら腰を入れて繰り出した拳が、頭を沈めたネモの頭の兎の耳をかすめる。

 続けて左の拳、そして引き戻した右が続け様にネモを猛虎のごとく強襲した。

 そのすべてを跳ねるようなステップでやり過ごしながらじりじりとネモは後退を余儀なくされる。

 防御一辺倒のネモの視界の隅でエニクの右足が不意に霞んだ。

 手技のコンビネーションに初めて混ざった中段蹴りをかわすには後退の踏み込みが浅すぎた、鞭のようにしなり唸りを上げるエニクの足にネモは

 咄嗟に自分の右膝を跳ね上げ、これを防ぐ。

 ネモの膝に襲来したエニクの足が噛み合う瞬間、再びその膝から先が霞み尾を引いて軌道を変えた。

 中段蹴りが上段に変化したのだ、いつか戦ったアックスの使った蹴りである『イカヅチ』と同じ、しかし威力も速さも数段勝る。

 かわせない!

 ネモが急所を避けて頭を下げ、つま先からエニクの膝の僅かに上あたりに頭部を持ってきたのは最良の判断だった。

 遠心力から破壊力を産む蹴りは胴体に近づけば近づくほど威力が落ちる。

 しかしそれでもエニクの蹴りという凶刃の威力はネモの額に跳ね上げてあったヘルメットとゴーグルを粉砕するに至った。

 ほんの一呼吸分だけ脳震盪を起こして眼がくらみ、よろと一歩下がってコンクリートを踏む。

 絶好の攻め口をエニクは冷笑を張り付かせて見送った。

 「まだまだ」

 肩眉を吊り上げ、構えを解いた狂えるトリプルクラウンは手の甲をちろりと舐めた。

 「これからだぜェ?てめェのカラダの何かもを犯すまでデクになるんじゃねえぞオラァァアア!」

 唾を飛ばして咆哮し、尾を引いたそれが消えるよりも早くネモは小さく漏らした。

 「僕がエニクにできる、最後のこと」

 立て直したネモが再び左腕を持ち上げて構える。

 エニクを捕えて放さない眼から放たれる意志の光は寸分も衰えていない。

 「僕が女の子でなかったからとか、人間でなかったからとか…そんなのもう考えたって無駄なんだ。もう手遅れだよ」

 骨折した右腕から伝わる苦痛ががんがん頭の中で鳴り響いた。

 どのくらい意識を保っていられるのかはもうネモ自身にもわからない。

 「これが正しいかどうかなんて僕にはわからないよ、でももう他には何も思いつかない!これしかないんだ。

 きっと間違ってる、僕はずっと後悔するに決まってる。

 女の子でも男の子でも、人間でも動物でも、君の恋人にもなれなかった僕に最後にできるのは」

 静かに語るネモの眼はひどく優しく、深い海の色を湛えて哀しげだった。

 強迫観念に歪み、狂気に彩られたエニクの頭の中で困惑が発生する。

 その瞳に宿す光に感じた感情をどうしても表現できずに、エニクは一瞬苦悩に苛まれた

 「エニク」

 走る為に、人間の為に生まれた異形の子が泣いていた。

 人の歪みが産み出した哀しいまでに純粋な存在たる彼女のその涙は、誰の為に?

 「君に壊されてあげる」

 ネモの頬からコンクリートに落ちた涙の音が虚空に響き、ゆっくりと彼女は左腕を垂らして無抵抗を示す。

 溢れる涙を拭おうともせずにネモは大きな潤んだ瞳と唇を固く閉じた。

 ヒトがその手で作り出した子は、今そのヒトの前にすべてを差し出したのである。

 産んでくれてありがとうとも、愛してくれてありがとうとも言わなかった。

 もし口を開くのならばこう言っただろう。

 僕達にはもう少しわかりあえる時間が欲しかったね、と。

 傍観を決め込んでいたフェンリー・シェイが見たものは子供のようにガタガタと震えだすエニクの姿だった。

 低くくぐもった嗚咽を上げてエニクは一歩後退した。せざるを得なかった。

 何か目の前に恐ろしく歪んだ怪物がいるように見えて。

 みるみるうちに失せた憎悪の炎に変わってエニクの心には今、ネモが鏡に見える。

 自分の一番見たくない姿を映し出すあまりにも罪深い鏡に。

 開いた口腔から悲鳴を放つべく肺に残った呼吸が絞り出されたが、それは別の悲鳴になった。

 コンクリートに囲まれたチューブの中の沈んだ空気を割いて数発、銃声が響いてエニクの背で弾ける。

 ネモがうっすらと開いた視線の先でエニクは崩れ落ち、その背後から拳銃を構える銀髪の大男が見えた。

 足の機械推進のローラーブレードを外すと葉吹は立ち尽くしているネモに駆け寄って抱きとめる。

 「ネモ。無事で良かった」

 それだけ言って葉吹はネモを抱く腕に力を込めてやった。






 また夢を見たような気がした。

 すぐに忘れてしまったけれど多分、あの人は笑っていた。

 何がいけなかったのだろう。

 あの笑顔を手に入れたかった。

 僕の、エニクの、この世界の何がいけなかったんだろう。






 「ネモ」

 エミリーナの声はゆっくりとネモの意識を混濁した夢からこの現実世界へと連れ戻した。

 大分良くなった右腕にはまだ僅かに違和感が残っている。

 あれから何日経ったのだろうとふとネモはカレンダーに眼をやった。

 お気に入りのシベリアンハスキーの子犬が戯れている、エミリーナにもらったカレンダーだ。

 「ヘイ。起きてるの?」

 大して気遣うふうもない声にネモは眼をこすり、ベッドから上体を起こした。

 視線を漂わせているネモを見てエミリーナは溜息をつく。

 あのゲームから数日、負傷で療養中にて短い休暇を取ったネモは現実世界を拒絶するように眠り続けていた。

 必要な僅かな時間以外のすべてを潰してベッドに潜り込んでいるのである。

 心情はわからないでもないがそれではちっとも良くならないと、エミリーナはもう何度忠告しただろう。

 きっちり整理されているネモの部屋は広く、彼女の私物が整然と並んでいた。

 カーテンからは闇が漏れている。もう夜の九時だ。

 「眠り姫の御機嫌はいかが?お食事の用意ができたのでお越し頂けませんこと」

 「食べたくない」

 包帯を巻かれている腕を撫でながらネモは視線を合わせずに呟いた。

 「ネモ」

 空しい抵抗を見せたが結局エミリーナの叱責の圧力に負けてネモは布団を跳ね除け、床に降りた



 201号室は葉吹の部屋であり、食事はここで取る事になっている。

 三人が済む寮はガラガラで在住している人間は二桁に満たない為、三人ともそれぞれの号室を持ち広く使っている。

 パジャマに上着を引っ掛けたネモとエミリーナは一度廊下に出た。

 すぐ向かい正面にある葉吹の部屋の扉を前にしてエミリーナはノブをネモに譲った。

 「入ってみ」

 「え?」

 「いいからさ」

 悪戯っぽく微笑む彼女をいぶかしみながらネモが不健康的な生白い、細い指の手でノブを掴んで回す。

 隙間に身を滑り込ませて入室したネモを闇が迎えた。

 「電気ついてないよ」

 「前進前進。ほら」

 質問を強引に黙殺したエミリーナに押されてネモは玄関を上がり、居間に続く扉を開いた。

 不意に溢れた光がネモの眼を焼いた。

 同時に派手なパーティクラッカーの破裂音と歓声および拍手が膨れ上がる。

 目の前にかざした手をどけて眼を鳴らすとネモの瞳には様々な色彩が飛び込んできた。

 雑然としたいつもの葉吹の部屋は綺麗に片付けられて赤を基調としたカラーで飾り立てられてされている。

 特に眼を引くのがきらびやかにデコレートされたネモの身長よりも大きいクリスマスツリーだ。

 イルミーネションが美しくモミの木を彩っている。

 広い居間にはたくさんの顔が見え、それらはほとんどが見た顔だった。

 ノーチラスのメンバーやその関連の人々、寮のネモの友人、ツァイ・レンにエミリーナの彼氏、サンタの衣装に身を包んでいる者もいた。

 皆一様に微笑みを見せてクラッカーを鳴らし、彼女に拍手を送っている。

 「今日はお前の誕生日だろ」

 一歩前に歩み出した葉吹がにこやかにネモに言い、その肩に手を置いた。

 「えっ」

 何が起きたか理解できないでいるネモにエミリーナが追い討ちをかけた。

 「ま、クリスマスだし一緒にパーティをやっちゃおうって事になってさ。おめでと」

 微笑んでエミリーナはネモの頬にそっと口付けた。

 「う…うん。ありがと…」

 精一杯明るく言ったつもりだったが笑顔は作れなかった。

 それを見通したのかサンタの姿をした男が大股で歩いてくると、腰に片手をやりおどけてネモの目の前でチッチッチと指を振って見せる。

 「君の哀しい顔を笑顔に変えるマジックを見せよう。見ててご覧」

 真っ白なボリュームのある付け髭の奥で彼は唇を吊り上げて笑って見せた。

 と、あらかじめ決められた余興なのかその場の男女の全員がカウントを同時に合唱し始める。

 「ワーン!」

 不思議そうな顔のネモにサンタはウインクして見せた。

 その細い瞳に見覚えがあるような気がしてネモは背筋に電撃が走るのを感じた。

 「ツー!」

 サンタがオーバーリアクションで上着を脱ぎ捨てて見せる。

 現れたのは黒のタキシードに包まれた細身の体だった。

 次にサンタは顔を覆い隠している、付け髭と赤い三角帽子を両手で掴んで引き剥がす準備にかかる。

 「スリー!」

 観客達が歓声と共に糸を引いたクラッカーからはリボンが放たれ、空中に放り上げられた色取りどりの紙吹雪が舞う。

 一瞬ネモの視界をそれらが多い、彼女は視覚を失った。

 ネモは全身が心臓になったかのごとく破裂しそうに波打つ胸を抑えて眼を閉じた。

 再び、開いた時。

 「ほら、笑顔になった」

 ああ、その声も、その糸みたいに細い瞳も、浮かべた涼しげな笑顔も、記憶の中にしかいない筈の愛しい人ではないか。

 ネモは眩し過ぎてそれが直視できなかった。

 ただ溢れる涙だけが頬を伝って床に落ちてゆく。

 お願い、夢なら覚めないで!

 「泣かしてやんの」

 葉吹が苦笑交じりにエニクを揶揄した。

 「あ…」

 声にならなくて胸に詰まった言葉をどうにか出そうとしたけれど、ネモはそれがうまくいかなった。

 エニクは優しげに微笑んで見せた。

 「あの怖いオッサンが撃った弾ァ急所に届かず途中で止まっちまったんだ。まあ、他にも数発食らいはしたけどね」

 彼がポケットに突っ込んだ手は千切れた鉄片のようなものを掴んで戻ってきた。

 古滝がネモに渡し、ネモはエニクに渡した十字架や神社のお守りなどを適当に組み合わせて作ったネックレスである。

 ネモに猛攻を仕掛けたエニクは何時の間にかこのネックレスが背に回っている事に気づかず、偶然葉吹の撃った弾はこれに当たって

 防がれたのだった。

 しかし急所のみは盾となったネックレスで防がれたが他に受けた弾丸とて軽傷では済まず、死の淵を見てきた事に変わりは無い。

 「悪運の強さも大したモンだろ?けどまあペナルティで俺ァしばらく試合禁止だし、運営側に賠償金も…おっと!」

 もう何も聞えなかった。

 ネモはただそのエニクの胸に飛び込んで低い嗚咽を漏らしながら泣き始めた。



 初めてネモは神様という存在に祈り、心からの礼を言った。



 寮の壁際にその影に身を任せるように車を止めていた二人は、何とはなしに話を始めた。

 「もうこれでクスリなどに頼る事もないだろう」

 遠くの窓から漏れる明かりは楽しげだ。

 ネクはその灯りに何か懐かしさのようなものを感じて眼を細めた。

 「しかし身体は私があの場に偶然いたから的確な応急処置の元助かったワケだが、精神状態は?元に戻ってしまうんじゃないのかね」

 あの場に偶然いたから?私はてっきり心配だから駆けつけたと思ったわ、と闇に溶けた紅緒が少しだけ微笑んでそう思った。

 「身体と心は結びついているのよ。ま、死の淵を見てきたくらいだし少しは変化があってもおかしくないじゃない?」

 「そんなもんかね」

 ネクは紅緒の言葉をフンと鼻で笑い飛ばした。

 「さ、そろそろ行こう。プリズムが待ってる」



 随分長い間続いていた笑い声が消えて、闇の中に静寂と溶けた頃。

 酔って眠り込んでしまった招待客に毛布をかけてエミリーナは部屋を出た。

 彼女の彼氏も眠ってしまった一人である。せっかくのクリスマスに仕方ないなあとエミリーナは内心愚痴をこぼした。

 葉吹がクリスマスプレゼントだと言ってくれたロングコートに袖を通しながら足音を潜めて静かに寮を出る。

 深夜の世界からはあらゆる物音が消えていた。

 アルコールが回ってほてった頬を夜気がちくちく刺激する。

 寮を出て敷地内を数秒歩くと寮のゲートにまばゆいばかりの光があった。

 「ヘイ」

 声に葉吹が振り向く。

 エンジン音を奏でているのはエニクの乗ってきたバイクだ。

 愛車にまたがった彼と名残惜しそうに話し込んでいるネモを、葉吹は片手に持ったワインをビンごとあおりながら眺めている。

 「泊まってってもらわないの?」

 「バカ言うな。ネモと間違いが起こったらどうする」

 葉吹の酒の強さはエミリーナも知っていたつもりだったが、今夜の彼は少しばかり酒に呑まれている。

 「過保護は子供を歪めるよ」

 「うるせ」

 ぐびりとあまり品良くなく喉を鳴らして葉吹は垂直に立てたビンからワインを喉へと流し込んだ。

 「ちょっとちょっと飲み過ぎじゃない?心臓止まっちゃうって」

 「うぐ…」

 反論しようとビンを口から放した葉吹に、ネモが駆け寄ってきた。

 「ねえ、葉吹、エミー。その…エニクがさあ」

 「ダメだ!」

 おずおずと進言する彼女に、口の端を伝うワインを拭いながら葉吹がいきなりネモを制して叫んだ。

 「うるさいって酔っ払い! 深夜なんだから」

 その後頭部にすかさずエミリーナの平手が入る。

 「彼が何だって?ネモ」

 エミリーナの声に気を取り直したネモがやはり言い難そうに続ける。

 「…一緒に街に雪を見に行かないかって」

 「あのガキ! 俺のネモに」

 「うるさいよ」

 再び葉吹の後頭部にぐりぐりと拳を当てながら、しかしエミリーナも少々戸惑った。

 二人の付き添いなしでの外出は規則違反である。

 飲み干したワインのビンを地面に置いて葉吹は頭を掻いた。

 「…今夜だけだぞ」

 これには二人とも驚いた。

 ネモの頭の兎の耳がピンと立ち上がる。

 「いいの!?」

 「ただし朝帰りしたら俺はあのガキをボコにする。いいな?」

 「何て事言うのよアンタは」

 エミリーナは半ばあきれ果てたがネモは顔いっぱいに微笑みを見せた。

 大きな瞳は一瞬気恥ずかしそうに視線を下に降ろし、ネモは何とか声を絞り出して言った。

 「ありがとう。…お父さん」

 「…」

 その呼称に葉吹の時間が一瞬停止した。

 彼の様子にエミリーナが一瞬きょとんとした表情を見せ、すぐに堪え切れずに笑い始めた。

 「てめ笑うんじゃねえ」

 ネモが走り去った後に腹を抱えて笑うエミリーナにようやく我に返った葉吹が憤慨する。

 その顔が赤いのはアルコールの為だけではなかっただろう。



 闇を割いてアルファルトを削るタイヤの音が響いていた。

 ネモを後部座席に乗せてエニクは深夜に落ちた静寂の中を駆っていた。

 静かだ。

 ネモは風に前髪を押さえながら、瞳を閉じ目の前のエニクの背に顔を埋めて四つの耳を澄ませた。

 彼の鼓動が確かに聞える。

 永遠に続くような闇の中なのにこれっぽっちも寂しさを感じないのは、そのおかげだとネモは思う。

 「ごめんな」

 不意に風にかき消されそうな声でエニクが呟いた。

 「え?」

 「…いや。色々ひどい事をした」

 彼がどんな顔をしていたかはネモにはわからない。

 だけど冷えた夜気に響く声に悲しみが滲んでいる。

 「さっきまで必死こいて明るく振舞ってたんだけど、やっぱ…俺、その、マズいっつーか…勝手だったかな」

 「許してあげる」

 悪戯っぽく微笑んでネモは答えた。

 ああこの子は何故こんなにも優しいのだろう。

 エニクは目頭に熱いものが溜まるのを感じた。

 「まだ俺が君の好きになったエニクになれるかどうかはわかんないけど…努力はするよ」

 「で…も、その…僕は、女の子じゃ…」

 勇気を振り絞ってやっと出した声にエニクは優しげに微笑んで見せた。

 ずっとネモが見たかった顔だった。

 「男の子でもないんだろ?葉吹さんから聞いたよ。…俺ァ、君がネモだから好きになったんだ」

 

















二人にはまだまだ問題も多いし、きっと喧嘩もたくさんする。

だけど二人はお互いが『とても必要な人』だから一人じゃない。




この世に永遠に続く思いなんてないのかも知れないけれど、もうしばらくは途切れずに続くあいのうた。
























 2001-12-12
 ネモ
 HAPPY END!



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