プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






ネモ

7.狂想曲


 ガガッガーーガガガ さあーーて待たせたな野郎共、いよいよ今夜のメインイベントォ!
            キラーエッジ
 トリプルクラウン、『凶刃』エニクの挑んだ通算20回目のピンボールインパクト!果てして20連勝なるかーッ!?

 いまやテンションは最高潮となった会場の観客の怒声は、この千人を収容できる地下施設を激しく震わせた。

 台座にはすでに二つの黒い人影が姿を現している。

 そして歓声のほとんどを一手に引き受けているのは光を吸収する漆黒のプロテクタスーツに身を包みじっと意識を集中させている片方の男。

 フルフェイスのヘルメットの後頭部から垂れる金髪さえもが歓声でびりびりと鼓動していた。

 ご存知チーム・パステルデビルより参戦、無敵の狂える一刃! 今日も最高にCoolでイカれたゲームを見せてくれ、エニーーーク!!

 おおお、と会場内に殊更低く重く響く怒声にエニクがどんなパフォーマンスで答えるか。

 しかし彼がファンの期待を裏切り、すべてを無視するかのように微動だにしなかったなどと誰が予想できただろう。

 床に突きたてたボードに手を置き、エニクは石像のように硬直していた。

 視線はじっと目前の死闘の入り口たるトンネルに向けられている。

 ――あの派手好きが?珍しい事もあるもんだ。

 エニクの態度に不満を感じてヤジを飛ばす客もいたが、大部分はあんな男でも緊張しているのだろうと考え自分を納得させた。

 無謀にもこの挑戦を受けたのは本日フェンリー・シェイに続きチーム・フューチャーズから二人目の参戦!
                                                  ブラックブラスト
 99戦81勝、ピンボールインパクトは初挑戦!ああこの愚者の蛮勇を称えたまえ、『黒い疾風』オリオン!

 エニクの隣の台座で腰に手を当ててゆっくりと肩を上下させているのは、青いプロテクタスーツのボーダーである。

 彼とて弱い選手ではない、しかし今回オリオンがゲームの主役ではない事は雰囲気から言っても明らかだろう。

 チューブの入り口の上にある横5m・縦2mのモニタに目をやれば、『凶刃』と呼ばれる男がいかにピンボールインパクトのゲームに置いて

 客の信頼を得ているかが一目瞭然だ。

 相討ちと選手の故障の確立が並んで80%とまで言われるこの沙汰の外の死闘で19戦無敗という驚異的な数字を叩き出しているのは

 伊達ではない。

 しかしギャンブラーというのは時々おまじないと言うか、非現実的な事を当たり前のように考える事がある。

 いつもとエニクの様子が違うというのは少なからず彼らの脳裏に不安を沸き上がらせた。

 いつもの様子とはエニクの試合前のアピールがないだけ、という事だけだ。その些細な違いが彼らの平常心を曇らせたのである。

 会場の一部で渦巻く疑念を他所にスピーカーは死闘の始まりを告げようとしていた。



 怖い夢を見たような気がしたけど、目が覚めたら忘れてしまった。

 だけど首筋に残った冷たい汗は少なからずネモの気分を害した。

 夢から覚めて一番最初に目に入ったのは白い天井だった。鼻腔を消毒液の臭気が満たしている。

 もやがかかった視界はやがて晴れて彼女の意識を覚醒させ、判断力と確固たる意思を取り戻させた。

 しかし胸に鈍い痛みがある事に気づいたネモは起き上がる事を断念しなければならなかった。

 それがフェンリー・シェイに受けた掌底の影響だと気づき、ようやく病院のベッドの上という自分の現在位置に気づく。

 腕には点滴注射がされ胸には包帯が幾重にも巻かれていた。染み出てくるような苦痛は一向に収まる気配がない。

 ネモは今日が何日の何時なのか不意に気になった。

 「あ。起きた?」

 聞きなれた声に顔だけベッドの脇に向けると、温かみを感じる笑顔がネモに向けられていた。

 イヤホンを引っこ抜くとエミリーナは椅子から立ち上がり、ネモの頬を愛しそうに撫でた。

 「内臓の損傷は軽微、肋骨に若干ヒビが入ったけどどっちも命には別状なし。あ、まだ喋んない方がいいよ」

 ネモは自分を見下ろす柔らかな茶の髪がかかったエミリーナの目の下にくすんだような跡を見つけた。

 涙の跡だと気づくのには少し時間がかかった。

 「ここは地上の病院。あの犬コロとの試合を終わらせた後、ネモはゴールすると同時にブッ倒れちゃってね。

 ほんとに心配したんだから」

 ようやくほっとしたような安心した笑みを見せ、エミリーナは溜め込んでいたため息をついた。



 神薙市内のビル街の一角に、築五年ほどのその貸しビルはそびえ立っていた。

 外観は何と言う事はない、普通の五階建ての割と小奇麗な建物である。

 ネモがデッドラインロードで死闘を繰り広げてから二日後の事、この日ネモが目覚めるよりほんの僅かに早く見舞いを切り上げた葉吹は

 その貸しビルの中のある一階のフロアに居並ぶスチールの机の一つに腕を組んで腰掛けていた。

 チーム『ノーチラス』の事務所である。

 最近人気急騰中のネモの影響で仕事はキリがなく、休日を割いて忙しなく机に向かうメンバーの中で葉吹は一人パソコンに向かい

 デッドラインロードのHPを心痛な面持ちで睨んでいる。

 ノーチラスを立ち上げたのは葉吹だが事務的な仕事のリーダーはもう一人おり、彼はネモのトレーナーをする傍らその友人を手伝っている。

 といっても若い頃は喧嘩に明け暮れ、かつての師匠に拾われてからはデッドラインロードに没頭していた葉吹に事務仕事が大してできる訳でも

 なく最近はトレーナーに専念しようかと考えていた。

 際限なく散らかる机の上で書類が積み上げてあるパソコンの中では、朝から何度も繰り返し飽きもせず眺めているある一つのゲームの模様が

 展開されている。

 デッドラインロードのHPでは過去一週間のうちに行われた試合の模様の映像は保存してあり、ネット上で自由に回覧する事ができるのだ。

 そして今葉吹がため息を繰り返しながら眺めているのは、ほんの二日前に行われた割と新しい試合のものである。

 「山内さん」

 苦悩に苛まれていた葉吹が腕を組んだまま顔だけ向けると、背広の男が立っていた。

 当然の事だがデッドラインロードのプレイヤーたるネモの事務所は表立って活動している訳ではない。

 表層上では適当な会社の名前が上がっているのだが葉吹はトレーナーにGパン姿、しかもうなじまで伸ばした銀髪に凶悪な顔つきと来ては

 社員の中ではものすごい違和感がある。

 「できましたよ、ポスター」

 男が手にしていた丸めた紙を開くと、まぶしい笑顔を見せているネモが現れた。

 一部のクラブハウスやアンダーグラウンドの店などザ・ショップの息がかかった施設に貼る、ネモを宣伝するポスターである。

 しかしこの愛らしいはにかみが無理のある作り笑顔と気づくのは葉吹とエミリーナくらいだろう。ネモは写真を撮られるのが嫌いだ。

 「いいだろ。それで行こう」

 「はい」

 ロクに見ずに決定した葉吹に文句一つ言わずに戻ろうとした男の背に葉吹が声をかけた。

 「エミリーナは来たか?」

 「ヒシマさんですか?さっき見ましたよ」

 男が消えてからも葉吹は頭を掻いて彼女に会いに行くかどうかの決断を先延ばしにした。

 会い辛い理由は二日前にある。

 エミリーナには別のある医療施設でネモのデータを解析したりより彼女に見合ったトレーニングの内容などを検討するのが仕事だ。

 たまにここの一部のデータを調べたり社員を冷やかしに来たりする事があり、そして今日は彼女がここへ来る日だった。

 あまり気乗りはしないが、話しておかねばならない事だ。

 葉吹は紙コップのコーヒーを一気に飲み干して景気付けると決心して立ち上がり、資料室に向かった。



 「エミー」

 膨大な量の記録や資料ソフトに睨まれる狭い資料室の一角、スチール製の机が置いてある場所で彼女はパソコンをいじっていた。

 コンタクトでは長時間の仕事は疲れるので眼鏡をかけている。ここでもエミリーナは白衣を着ていた。

 パソコン上でソフトを開き、一心に調べ物をしている彼女は背で受けた葉吹の声を意図的に無視した。

 VSフェンリー・シェイのゲーム中、ネモが殺されそうになったにも関わらず試合放棄をしなかった葉吹に対して怒りを感じているのだ。

 この男はネモよりも勝ちを拾う事に執着したという現実がエミリーナの心をたぎらせた。

 葉吹は頭を掻いた。

 付き合いはかなり長いがここまで怒ったエミリーナは見た事がない。

 「そう怒るな。謝ってるだろ」

 返事はない。

 カタカタと単調なキーを叩く音だけが資料室の静寂を払っていた。

 「ネモが惚れてるのはエニクなのか?」

 一瞬エミリーナの指が止まったのを彼女の背後から葉吹は見逃さなかった。

 「ネモがぶっ倒れて運ばれる時に言ったそうだな。『エニクの試合が見たい』ってな。…ま、惚れてるっつーのは半分は俺の勘だが」

 そろそろ日が暮れる。資料室の小さな窓から漏れる光は弱々しく、しかし柔らかにオレンジ色を帯びている。

 「エニクの試合を見たか?」

 「見たよ」

 つぶやくように答えたエミリーナの声を、何故か葉吹は久し振りに聞いたような気がした。



 二日前、デッドラインロードのサーキットで起こった凶行は後にファンの間で語り継がれる事となるだろう。

 最初にエニクとオリオンの二人が接触した時、エニクの背にはオリオンの初弾のボードが炸裂した。

 観客よりもエニクよりも驚愕したのは恐らく、オリオン自身だ。

 彼が放った、後の本命の技の布石となるソリッドキックは避けやすいようにわざわざスピードも軌道も相手の読み通りに放ったつもりだった。

 しかし予想をはるかに反してエニクはそれを受け、無様にもコース上に身を投げ打ったのである。

 あまりのことに呆気に取られて観客もアナウンスも、オリオンも一瞬時間が止まった。

 狂騒がゆっくり、しかし確実に染み出し始めたのはここからである。

 エニクは両足を固定しているボードの金具を外すと、70mほど先で心気を失ったように立ち尽くしていたオリオンに歩み寄った。

 彼は残りの生涯ずっと悔やむだろう、立ち止まってしまった自分の誤算を。

 訳もわからないまま棒立ちになっていたその男の頬にいきなりエニクの拳が炸裂し、不意をついて突然始まった狂想曲のようにエニクは彼を

 殴り続けた。

 転倒した相手にのしかかるとエニクは自分のヘルメットを外し、相手のヘルメットの金具を叩き壊して投げ捨てた。

 露出したオリオンの目に映ったのは満面の凄惨な笑顔を浮かべ、死魚のような瞳を歪める悪魔だっただろう。

 相手の顔がどんどん原型を失い、自分の拳が砕けその手首の骨が骨折してもエニクは相手を殴る事を止めなかった。

 ただ何かも忘れたように、趣味に没頭する少年のように無心に拳を振り落とし続けた。

 観客は静かにどよめいていた。乱闘は特に珍しい事ではない。

 しかしこの時のエニクの憑かれたような様は明らかに常軌を逸していた。

 係員が取り押さえようとしたが三人が暴れたこの凶刃と呼ばれた男に重症を負わされ、オリオンは再起不能の道を辿った。

 試合は無条件でオリオンの勝利となり、彼は人生で最後の試合を勝利で飾る結果となった。
 キラーエッジ
 『凶刃』エニクから唯一、ピンボールインパクトで勝利を奪ったプレイヤーとして。



 「ありゃ正気じゃない」

 窓から差し込む12月の夕焼けで顔に深い陰影を刻んだ葉吹が目を細めて記憶を巡らせながらつぶやいた。

 「ヤクか何かだ。エニクがヤク中っつー噂は結構あったけどな、ありゃ普通じゃねえぞ」

 「だから何よ?はっきり言ったら!?」

 エミリーナが業を煮やして初めて葉吹に振り返った。

 敵意を含んだ眼差しを真っ直ぐに受け止めて葉吹は静かに答える。

 「ネモにいつまでも隠し通せるもんじゃねえぞ。…それにこれからもネモをあいつに会いに行かせて平気なのか?」

 エミリーナとて数回、ネモから何となく惚れている相手を聞き出そうとした事がある。

 そして恐らくはエニクであろうと言う確信もある。

 葉吹の言いたい事はわかっているつもりだった。しかし割り切る事ができない。

 唇を噛んでパソコンに向き直ったエミリーナは再びキーボードに手を置いたが、手は意に反して仕事を進めようとしなかった。

 「明後日になったら退院、一週間強も自宅療養があればトレーニングに復帰できるんだろ?それまでに」

 言いかけてふと葉吹は言葉に詰まった。

 それまでどうすればいいのだろう?ネモが傷つく事を可能な限り回避するには。

 「あの子に決めさせよう。全部ね。…それしかないわ」

 エミリーナは目を閉じ、溜息混じりに苦心の決断を口にした。

 「いつもあいつを子供だっつってんのはお前だろ」

 「他に方法が?」

 葉吹はあっさり否定した。

 「ないな」



 明後日の夕方、二人は神薙市街を走る車内で決断を迫られていた。

 何度も買い換えたいと思ったが台所事情の関係で先送りになっている古いワゴンを運転する葉吹の顔も苦渋に満ちている。

 考えの大部分を占めているのはネモの事で、彼と助手席のエミリーナはどうどう巡りの思考を余儀なくされていた。

 退院するネモを迎えに行くと同時に真実を話さねばならないという過酷な試練が待っている。

 「どうすんだ?」

 ハンドルを握りながら葉吹が咥えた煙草の煙と一緒に、幾度となく繰り返された同じ質問をまた口にした。

 真っ直ぐに前方に向けた視線はエミリーナの意志にすがっているようでもある。

 「どうしようもない。あの子が決めるしか、ね」

 腕を組んで瞳を閉じたエミリーナもまた、同じ答えを繰り返す。

 あの子に傷ついて欲しい訳はない。

 だけど仕方がないんだ。

 一周してまた同じ場所へ戻ってきた思考を巡らせて彼女はそう結論付けた。

 やがて灰色の街に白く浮き上がる、風景に後からはめ込んだような不釣合いな建造物がゆっくりと姿を現した。

 神薙市内にありザ・ショップが保有する、ノーチラスの御用達の病院である。

 狭い駐車場に乱暴にワゴンを割り込ませて駐車し、さっさと降りた葉吹を他所にエミリーナは胸に手を置いて深呼吸をした。



 顔見知りの看護婦を先頭に入った個室内は空っぽだった。

 他の病室とは若干離れた場所にあるこの個室はネモ専用に常にキープしてある部屋で、試合や訓練中に負傷した際にはここを使用する。

 入院は今回が始めてではない。デッドラインロードのプレイヤーならばそれは茶飯事だ。

 退けてある毛布や枕元の雑誌などからここにネモがいた事は明らかのようだが、肝心の本人の姿が見えない。

 暖かい日だったからだろう、窓が開け放されてカーテンが風に舞っている。

 トイレかしら、と首を傾げる看護婦を押し退けて入室したエミリーナの目がベッドの上の長方形の物体に釘付けになる。

 一般の入院患者の暇潰し用にノートパソコンを貸し出ししているのである。

 料金は自己負担だがネットにも繋げる事ができる。

 「ヘイ!パソコンを渡したの?!」

 看護婦に掴みかかろうとするエミリーナを慌てて抑え、なだめて葉吹が彼女の手からノートパソコンを取り上げる。

 胸の内を急速に覆う焦燥を抑えて開いたモニタにはデッドラインロードのHPの画面が付けっぱなしになっていた。

 予想通り、しかしそうではないでくれと言う葉吹の矛盾した願いを裏切りエニクの試合のファイルがDLされている。

 どうしても貸してくれとねだられて、と剣幕にビクつきながら説明する看護婦に殴りかからんばかりのエミリーナを押さえ付け葉吹が

 落ち着いてパソコンを閉じる。

 さすが情熱の国で生まれた女だ、と何となく思いエミリーナの細い腕を掴みながら彼女を促す。

 「スクリーンセーバーになってねえ。これを見てすぐに脱走したとするならまだ近いぞ。…あいつの足だ、急ごうぜ」

 恐らくは彼女の脱走経路と思われる開けっ放しの窓を眺めていたが、すぐに葉吹は転身した。



 古滝譲はその日、大してやる事もなかった仕事をさっさと切り上げ憩いの場所で趣味に耽っていた。

 古い廃ビルの中の数フロアのうちの一つ、居並ぶゲーム筐体に囲まれて古滝は満面の笑みを隠せないでいた。

 まだどこにも出回っていない、ゲーム筐体の新作をメーカーの知り合いから一つ特別に回してもらったのだ。

 ああ初恋の人に出会えた時のような、しかし長年の恋人と再会できたようなこの胸に湧き上がる熱い感情。

 これだからマニアは止められない。

 全体的に面長な、ニィと吊り上げた横に長い唇は至福に満ちていた。

 ポケットから取り出したハンカチで丁寧に手の汗を拭って身を清め、メーカーさんありがとうと一礼するといざ古滝はコントロールパネルに

 両手を置いた。

 伝わってくる新たな歓びを受け取るべく武者震いをするその二つの掌は、しかし途中で停止させられるハメになった。

 どこのバカが邪魔しに来やがった、と憤怒の表情で愛しいモニタから未練しいしい顔を向けると意外な人物が視界に入った。

 「ネモ?」

 階段を背に12月の夕日を浴びて床に長い影を落としているのは、人でも動物でも男でも女でもない煉獄の狭間で生まれた子。

 人型をしていない影と同じくその足は人間のものの形をしていなかった。

 思い直すところがあってすぐに胸に生まれた感情を切り替え、古滝は笑顔を作り直した。

 「いーい所に来た!ネオ・システムソフトに知り合いがいてよ、カオスフリークス3の筐体が手に入ったんよ。やろうぜ」

 vsCOMもいいがまずは対人戦で慣らすのも悪くない。

 古滝はネモに手招きして背もたれのない椅子に座り直した。

 「ガロークス消えちまったんだよなあ。あー、レマって連携引き継いでんだよな。んじゃまずは…」

 にこにことあまり似合わない嬉しそうな笑みは、その場で立ち尽くしたままのネモに向けられた時に消えた。

 「…。どうした?」

 腕に貼られたままの点滴注射の針を固定するテープを引き剥がすと、ネモは思いつめた表情で重い口を開いた。

 「今なら前に古滝の言ってた事がわかる。…僕は、好きな人がいたからあの時勝てた」

 「何の話だ?」

 眉をひそめる古滝にネモはまくし立てた。

 「あの人に助けられたんだ!フェンリーの腕を掴んだ時痛くて気絶しそうだったけど、エニクが僕の脳裏に焼き付いていたから…」

 ようやく「古滝は好きな人ができたらどうする」、というかつてネモにされた質問を古滝は思い出していた。

 一瞬結んだ口を、ネモは決意と一緒に開いて口にした。

 「僕のターンなんだ」






















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