プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






レディオガール
RADIO GIRL


11.最後に残った一粒


  もうもうと立ち上るホコリの煙の中、四つの不気味に光る瞳が二人を見下ろしていた。

 四つの足と胴体で煙を裂いてゆっくりと全身を現したのはその瞳の持ち主、ナイトメアウォーカーだった。

 ほんの少し前と同じく虫を見下すような目つきをパンハイマとイコンに送りながら、至福の虐殺を前にして二つの顔には笑顔が

 溢れている。

 それらはサチの顔だがしかし、その内側から湧き上がる残酷さから来る冷笑は決して彼女のものではない。

 彼女らは絶望に固まる二人を見て楽しげに笑った。
                                                 ゼロトゥハイヴ
 「あーら残念ねえ、やっと逃げ道までたどり着いたのに。本当に残念だわ! ねえ025?」
                                               ゼロトゥフォア
 「あーら残念ねえ、やっと逃げ道までたどり着いたのに。本当に残念よ! ねえ024」

 笑い声にあわせて二つの頭部のおさげ髪が揺れる。

 歓喜を前に高まるテンションを押さえ切れないナイトメアウォーカーの瞳に覗き込まれ、パンハイマは背筋が凍る思いだった。

 「ちくしょう!」

 すぐに立ち直った彼はイコンを抱き上げると、疲労に悲鳴を上げる全身に鞭打って再び逃走に転身した。

 闇に消える彼の背に視線を送りながら、少しも慌てずにナイトメアウォーカーは2mはあろうかと言う鎌の先端を少し持ち上げて

 合図をする。

 彼女がエレベーターの扉を瓦解させた時に舞い上がった、いまだ立ち込める煙の中からポツポツと二つで一組の不気味な小さな

 光が灯り初め、それは夜闇の猫の瞳のように一斉に輝き出しナイトメアウォーカーの背後を一瞬で埋め尽くした。

 その光たちがゆっくりと闇から身を現す。

 「逃がしちゃダメだけど、殺してもダメよ」

 「殺しちゃダメだけど、逃がしてもダメよ」

 産みの親の声を受け煙の中から前進を開始したのは、あのナイトメアウォーカーが車の残骸から作り出した尼僧たちだった。

 ただし100体はいそうなこちらはエレベーターの中で量産したものである。

 実際内部の鉄板は彼女らの体を作る為にあの注射器を撃ち込んだ為、虫に喰い千切られたような跡があちこちに発生していた。

 カツンカツンとハイヒールの音を高らかに響かせながら、尼僧たちは足並みを揃え豹のごとし敏捷さで疾走を開始した。

 ひと言も言葉を交わしていないのにあらかじめ決めておいたかのように隊列を成型し、凄まじい速さで闇を駆け抜ける。

  背に迫る靴音の群に肝を潰しながらパンハイマは必死で非常階段を目指して走った。

 待望の入り口はすぐに見えてきた。

 彼は僅かな電灯の元に微量の光を漏らす長方形のものを確認して一層足を速める。

 「イコン、階下で他に出口に通じるとこは…」

 希望は言葉の途中で絶たれた。ふらりと現れた影が光を覆い扉の前に立ちはだかる。

 「!」

 あの尼僧だった。

 ナイトメアウォーカーが一番最初に車の残骸から作り出した四体のうち、最後の一体だ。

 驚愕するパンハイマの顔を見て楽しげによどんだ眼を細めると、尼僧は大きく胸を仰け反らせた。

 枯れ枝のように細かった女の身体が瞬間的に風船のように膨張し、鉄が千切れるような音と同時に弾ける。

 驚いて足を止めたパンハイマが恐る恐る眼を開いて見ると扉は何か金属光を放つガムのようなものが四方に広がっており、

 塞がれていた。

 蹴っ飛ばしてみたが鉄のように硬くビクともしない。隙間はできてはいるがこれをくぐるのは人間では不可能だろう。

 あの尼僧が自分の身体を形作っていた鉄塊へと再び姿を戻し即席のバリケードになったのだが、無論パンハイマに理解できる

 訳もない。

 背後の闇で無数のハイヒールの音に混じってナイトメアウォーカーの高らかな笑い声が響いた。

 「何の!まだ…」

 身を翻して扉を通り過ぎ、尚も闇の中へと走行するパンハイマの身体を不意に何か柔らかいものが受け止めた。

 というよりは元からあったその弾力と柔軟性に富む『何か』でできた壁に正面から突っ込んだようだ、イコンを抱いたまま彼は

 それに押し戻され、訳もわからず数歩後退する。

 自身のその腕に身体に大量に巻きついているものが髪のように細く艶やかな糸だとわかりイコンは戦慄した。

 前方にあったのは闇ではない。髪を編んで作った通路を塞ぐ隔壁だったのだ。

 そしてその壁をすり抜けるようにして二人の目前に現れたのは、闇から生まれたかのごとし漆黒のタキシードと黒髪を持つ男。

 異様な紫色に染まった片腕を垂らしたまま、痩せた顔に乗っかっている刃のように鋭い眼を細めて久牢は微かに笑って見せた。

 やがて背後に響いてくる、尼僧たちの地獄の行進の靴音とそのやや後方に陣取るガシャガシャと耳障りな四つの足を持つ

 大きなものの足音。

  パンハイマは全身が総毛立つ感覚にその身がゆっくりと絶望に凍り付いて行くのを感じた。

 彼は今まで八方塞がりという言葉がここまで似合う状況を見た事がない。

 「ネズミらしく最後は猫を噛むくらいの気合いを見せてみろ…意外にこの状況を打開できるかも知れんぞ?」

 久牢が唇の端を歪めると心底楽しげにクックックと喉の奥で笑って、ご丁寧にもアドバイスをくれた。

 強張った表情で振り向いたパンハイマの眼に、道を空けた尼僧たちの間を縫って四つの眼をぎらつかせながら姿を表すものが見えた。

 イコンが震える手でパンハイマの防弾ベストをぎゅっと掴む。

 「やれやれ、逃げ足の速いこと。さーて、どう料理しようかしら? 025」

 「やれやれ、逃げ足の速いこと。さーて、どう料理しましょうね? 024」

 右手の巨大な鎌をチラつかせながら今、ナイトメアウォーカーは絶対的な絶望の運び手となって暗闇の中からその姿を現した。

 イコンは彼の腕から自分の身が冷たいコンクリートに置かれたのを感じた。

 「パンハイマ」

 銃を抜くとパンハイマは果敢にもナイトメアウォーカーと対峙すべく数歩全身する。

 クシミナカタはイコンを殺すなと奴に命令していたが、どうもナイトメアウォーカーは聞く気はないらしい。

 だがせめて彼女には被害が及ばないようにしなければ。

 銃の残弾を確認しながら振り向くと、なめられないように精一杯睨み返しながらパンハイマは久牢に向かって口を開いた。

 「このデカブツがイコンを殺そうとしたら守ってやれ。クシミナカタの命令だ」

 久牢は方眉を跳ね上げただけで何ら返事はしなかったが、パンハイマは構わず進んだ。

  イコンには目もくれずナイトメアウォーカーは値踏みするかのように、立ち止まった彼の周囲を四つの足をがしゃがしゃと耳障りに

 鳴らしながらゆっくりと回り始めた。

 無邪気な残虐性を秘めた四つの瞳は期待にらんらんと輝いている。

 「ニンジンのように輪切りにしてしまおうかしら、025?」

 「ニンジンのように輪切りにしてしまうのもいいわね、024?」

 背を見せないようにナイトメアウォーカーに合わせて身体の向きを回転させながら、しかしパンハイマは銃口を上げられないでいた。

 そもそも銃がナイトメアウォーカーに効果があるのかどうかわからない。
                                                               よりしろ
 それにもし効いたとしてサチの身は? いつかイコンのピクチャー・ナイトメアウォーカーを破った時は元の寄代となった人間は

 死んでしまった。

 そう言えばあの時発動した、僕の銃のあの力はなんだったんだろう?

 必死に考えを巡らせるパンハイマとは裏腹に、ナイトメアウォーカーはまだ彼の調理方法について悩むのを楽しんでいた。

 「それともキャベツのように千切りにしてしまおうかしら、025?」

 「それともキャベツのように千切りにするのもいいわね、024」

 疲労と恐怖で膝が笑っていた。

 しかしそれでもパンハイマが気を強く持っていられたのは、サチを元に戻す方法が皆無でないという事。

  僕が死んでも多分、生須なら…

 そんな事を考えていた時、不意にナイトメアウォーカーの右腕の鎌が霞んだ。

 パンハイマが反応するよりはるかに早くその刃は彼の右腕を切り裂いていた。

 闇に鮮血が舞う。駆け抜けてゆく苦痛をこらえ、銃を手放しそうになるのに耐えて彼は傷口を片手で押さえた。

 皮膚を裂かれた程度だ、どうと言う事はないが疲れ切った体に走った苦痛に一瞬意識を奪われそうになる。

 「もっと怖がってよ、面白くないじゃない! ねえ、025」

 「もっと怖がってよ、面白くないわよねえ? 024」

 相変わらずゆっくりとパンハイマの周囲を歩き回りながら、嬲るような目つきで笑って双頭が獲物に言い放つ。

 頭を振って意識をはっきりさせ、ナイトメアウォーカーに向き直ろうとしたパンハイマの背に再び斬光が走った。

 表面に防刃繊維が織り込んである防弾ベストを容易く切り裂き、再び走った苦痛がまたも彼の意識を曖昧なものにしようと頭の中を

 掻き乱す。

 傷が浅いのは切り損ねているのではない。相手はわざとやってパンハイマを嬲っているのだ。

 ついにコンクリートに膝をついた彼の正面に回り、ナイトメアウォーカーがその長い腰を折って双頭をパンハイマに寄せた。

 逃げる事もできない少年に息がかかるくらいの至近距離で二つの顔が囁く。

 「「さようなら、勇敢な男の子」」

 ナイトメアウォーカーがそのまま巨大な鎌を振り上げ、と同時にパンハイマも最後に残った気力をかき集めて片手で銃口を上げる。

 パンハイマはイコンの言葉を思い出していた。

 『ナイトメアウォーカーから戻す方法は、サチの気分次第』だと。ならば、今彼女は鬱の只中にいる事になる。

 「サチ!!」

  地下駐車場内にパンハイマの呼びかけが絶叫と化して響いた。

 相手の行動を一笑したナイトメアウォーカーの刃が振り落とされる瞬間、その身に電撃が走った。

 刃を振り上げたまま感電したように動きを止めた身体のその胸が裂ける。パンハイマは引き金を絞っていない。

 相手の不意の異常に呆気に取られた彼の銃を握る手を誰かが掴んだ。

 見ればその手はナイトメアウォーカーの胸にできた裂け目から這えているではないか、真っ黒な相手の血液のようなものにまみれては

 いるがその細い腕の指に光るものにパンハイマは見覚えがあった。

 苦痛と疲労によどんだ彼の頭の中が見る見る覚醒してゆく。

 自分の手を掴んでいるその腕の手首にはいくつも走る線があった。カッターか何かで切った跡だ。

 そして指に光っているのは、紛れも無くパンハイマがサチに大瀬で買ってプレゼントした指輪だ。

 「サチ?!」

 垣間見えた希望にパンハイマが叫ぶ。

 猛り狂ったのはナイトメアウォーカーだ。何とか自由を取り戻すと中断されていた鎌の一閃を再開させようと腕を振るう。

 糸が絡まった操り人形のようにぎこちない動きだったが、その一撃は疑う事なく少年の身体など容易く両断するだろう。

  しかしパンハイマはその相手の身体の背後で、何者かが尼僧たちをバラバラに刻みながら道を作ってこちらに突進してくるのが見えた。

 「必殺!」

 可愛らしい声に似つかない怒号と共に、隊列の一番先頭にいた尼僧の身体を踏み台にして彼女は空中に身を躍らせた。

 「ミントトルネードスピンキーーーック!」

 宙でコマのように身を回転させながら距離を詰めて放ったその蹴りは、遠心力と勢いの二つがミントの右足をハンマーに変えて

 ナイトメアウォーカーの左の頭部に炸裂した。

 さすがにたまらず振り落としかけた刃ごとナイトメアウォーカーの身体は右へと吹き飛び、コンクリートを二転三転して壁に激突する。

 「面白そーな事してんじゃん? アタシだけ仲間外れはやーよ」

 ひらりとパンハイマの前に着地し、蒼のワンピースを翻してミントは快活そうに笑って見せた。

 髪は乱れ全身汚れと小さな傷だらけだが全身から溢れるようなエネルギーは少しも退いていない。

 パンハイマにはまさに天の助けに見えた。

 彼女の巨大な雫型の篭手から生えた五指はそれぞれが人間の腕ほどもありそうな巨大な刃になっている。

 その刃の一つでミントはパンハイマの目前に横たわるものを指差した。

 「その子がサチ?」

 言われて初めてパンハイマは手を掴まれているその感覚が消えていない事に気づく。

 ミントがナイトメアウォーカーを吹き飛ばした際にその裂け目からずり落ちてきたのは、一人の少女。

 全身ナイトメアウォーカーの黒い血液のようなものにまみれてはいるが胸は微かに呼吸によって上下している。

 パンハイマが彼女の名前を呼ぼうとした時、生き残っていた尼僧たちと隅で傍観を決め込み控えていた久牢が同時に動いた。

 ミントがそれに合わせて胸の前で両手を交差させパンハイマに伏せるように指示する。

 両手の篭手に生えていた五指の刃が見る見る溶けて形を変え、すぐに五本のガトリングガンへと変貌を遂げる。

 右手は尼僧たち、左手は久牢に向かって闇に銃声が吠えた。

 尼僧たちは銃弾の豪雨を受け紙屑のように千切れ飛んでゆき、すぐに動くものは一体もいなくなった。

 しかし久牢は片腕が使用不可能になったとは言えゴッドジャンキーズの幹部である。

 影をせり上げて盾に変え身を守りながら移動を開始した。

 通路に揺らめく明かりが落とす久牢の影が盾とは別に巨大な掌を作り出す。

 その矛先がイコンに向かっていると知りパンハイマがミントに叫んだ

 「ミント、イコンが!」

 耳をつんざく銃声の中でもミントの耳はパンハイマの声を拾い、動くものがいなくなった右から意識を外し両手の銃口を左に向けは

 したがそこで銃声は途絶えた。

 久牢と彼女の距離が近すぎる。このまま撃てばイコンにも当たる。

 パンハイマの言葉を信じているかどうかはわからないが、イコンを殺さずとも人質にされては厄介だ。

 久牢はイコンがゴッドジャンキーズの一員と言えどおそらくパンハイマの性格ならば見捨てはしないだろうと踏んでいたのである。

  ミントが舌打ちを一つしてガトリングを刃に変え、猛然と久牢に飛び掛った。

 しかし寸分の差で間に合わない。久牢の作り出した髪牢の掌は傷で動けないイコンの身に覆い被さる。

 悲鳴と足掻きも空しくそのまま影の中へとゆっくり飲み込まれていく彼女を尻目に、余裕の笑みを浮かべて久牢は二人に振り返った。

 動きを止めたパンハイマとミントを満足げに眺め、開いた口から一番最初に漏れたのは血の塊だった。

 「貴様…何故」

 久牢はその自身の胸から生えた一筋の銀光を愕然とした目つきで見ながら、背後の男に怨嗟の声を放った。

 「昔話で恐縮だが、僕がコンゴのジャングルに赴いた時の話をしよう」

 影の中から髪を引き千切って現れた生須は久牢の背でうずくまるようにして両手に短剣を握っていた。

 「事の経過は幾分省くが、夜のジャングルに落ちた漆黒の中で数体の人食いゴリラを相手にするハメになった。

 仲間は全員引き千切られて殺され、僕も随分傷ついた…

 何せこちらから相手の姿はまるで見えないのに、相手はこちらが手に取るようにわかるのだから。

 だがその極限状態で僕ァ得たんだよ、心眼ってヤツか?」

 柄を握る手に力を込めた生須の目が眼鏡の奥で光る。

 「闇は鏡。恐怖を持って向かえば怪物にもバケモノにもその姿を変える。大切なのは拒絶でなく受け入れてしまうこと…

 君の能力がどんなものかは良くわからないが、闇に引き込んだ僕を恐怖で自滅させるつもりだったんだろ?」

 それだけ言って彼は心臓を一突きにされ、もはや弱々しく痙攣を繰り返すだけのその身体から一思いに短剣を引き抜いた。

 血の糸を引いて倒れた久牢の身体はコンクリートにどうと倒れ込むと同時に黒い塵のようなものに分解し、消えた。

 同時に通路を塞いでいた髪の隔壁が音もなく影に吸い込まれてゆく。

 「生須!」

 サチを抱き上げたパンハイマとミントが彼に駆け寄り、ようやく安堵の笑みを見せた。

 「生きてたか。意外だな…それが彼女か?」

 短剣を宙に一閃させて血糊を払うと懐の鞘に戻した生須が事もなげにパンハイマに言葉を返す。

 「ああ、サチだよ。さ、とっとと逃げよう」

 パンハイマに変わってミントが動けないイコンを抱き抱え、立ち上がる。

 「何で私達のいる場所がわかったの?」

 不思議そうに聞くイコンに彼女は笑いながら答えた。

 「アンタの服にゃ発信機がついてたんだよ、気づかなかったでしょ? 生須がどうしてもアンタを信用する気になんなくてさ。

 ま、許してあげてね。おかげでこうして助かったワケなんだから…ほら、そこ」

 言われて初めてイコンはドレスの端に黒い小さな針のようなものががくっつているのに気づき、憤慨はしたが相手の言う通りなので

 口には出さなかった。

  ようやく突入時のメンバーに加えて人質の奪回に成功し、一同が再びイコンの指示に従って踵を返した時だった。

 背後の闇でどしん、と何か重いものがコンクリートに落ちたような音がした。

 反射的にスローイングナイフを抜いて構えた生須が真っ先に振り返る。

 彼は誰よりも先に見た、暗闇の奥で横倒しになっていた3m近い何か巨大な生物がよろよろと体勢を持ち直すのを。

 長い胴の頂点についている双頭はそれぞれ視線を虚空に彷徨わせ、巨体はくまなくしきりに痙攣を起こしている。

 ゼンマイを巻き過ぎた人形のように異様にガクガクしたぎこちない動きだが、しかし確実に一行に向かって歩みを初めていた。

 「ああああっああっああああああああたまのなかが、へ、へへへへへへへへんよ、ぜぜぜぜぜぜぜぜ025?」

 「ああああっああっああああああああたまのなかが、へ、へへへへへへへへんね、ぜぜぜぜぜぜぜぜ024」

 ガクンガクンと頭を振りながらテープの絡まったレコーダーのような声で双頭がやり取りをする。

 四つの瞳はまったく落ち着きがなく、視線も身体と同じく痙攣していると言っていいほど忙しなくあちこち漂っていた。

 存在自体が常軌を逸したものだったが今のナイトメアウォーカーは更に得体の知れない異常性を増していた。

 胴体にできた大きな裂け目から滴り落ちる真っ黒な血液は、コンクリートに落ちてからもそれ自体に意志があるかのように

 ビクビクと波打っている。

 「わわわっわっわっわ私私ワタシは、何かが身体のなななな中から抜け出し抜け出し抜け出してしまったのののの」

 右の頭部にすでに左は答えなかった。詰まったファックスのような耳障りな機械音声を上げているだけである。

 「何だありゃ」

 率直な意見を述べながら、さすがの生須も相手のおぞましさに表情を引きつらせた。

 先ほどまでの流れるようなステップの見る影もなく、足を引きずるようにふらふらとナイトメアウォーカーは接近を続けていた。

 「多分パンハイマの呼びかけでサチの精神状態が鬱から回復したから、ナイトメアウォーカーとサチの間で軋轢が生じたんだと思う。

 だからあいつはサチを排出しようとした。それでサチは抜け出せたんだろうけど…今、ナイトメアウォーカーは『コンバータ』と『アンテナ』を

 失って暴走を初めてる」

 イコンの説明にパンハイマは納得した表情をしてみせた。

 「そっか…鬱の電波でできたナイトメアウォーカーの体は鬱から回復したサチの身体を異物と見なしたワケだな?」

 「その通り。物分りがいいわ」

 「で? あいつは放っておいても大丈夫なのか?」

 油断なく構えてじりじりと後退しながら、生須が二人の会話に口を挟む。

 「私にもわからない」

 イコンが答えた次の瞬間ナイトメアウォーカーは烈火のごとく凶暴化した。

 鎌をムチャクチャに振り回しながら左腕のマシンガンであたり構わず弾丸を撒き散らし始めたのである。

 刃は荒れ狂う竜巻のように縦横を暴れ回り、空気を裂いてたちまち床と壁に無数に残痕が走った。

 壊れた玩具のようにケタケタと笑い声を上げてナイトメアウォーカーはすべての判断を失ったかのように一同に突進した。

 流れ弾と弾けたコンクリートが身体を霞めてゆく。

 混乱に陥っても巨体から繰り出されるスピードはまったく衰えていない。むしろさっきの無我状態よりもはるかに俊敏だ。

 狙いを定めているふうは無いが視界のすべてを破壊せねば気が済まないとばかりに周囲に破壊を撒き散らしている。

 さすがの生須もあんなものは相手にできないとばかりに全員に逃走を促した。

  飛び交う弾丸に冷や冷やしながらイコンの指示の元パンハイマとイコンがやってきた非常階段まで行き、イクスがしんがりを

 努めて全員を階段に進ませる。

 あの尼僧が変形してできたバリケードはミントが篭手の一撃の元粉砕した。

 壊れてしまった頭でも一応こちらが何なのか区別は付くのか、ナイトメアウォーカーはその背後を猛然と追い駆けてきた。

  生須が全員が通過したのを見越して非常階段に飛び込むと同時に、その入り口にナイトメアウォーカーが頭から突っ込んだ。

 狭い入り口のスペースに身体が挟み込まれ、ほんの一瞬身動きできずに悶えている間に生須が慌てて仲間達の背を追う。

 すぐに入り口ごとぶち破り手すりや階段そのものをムチャクチャに破壊しながら突っ込んでくる相手に、さすがに百戦錬磨の

 ナイフ使いである彼も全身から脂汗が染み出る思いだった。

 コンクリートや壁の破片を撒き散らしながら爆走するナイトメアウォーカー向かって階段を転がり落ちるように駆け下りながらコートの

 内側に右手を突っ込み、すぐに銀光と共に抜いたその手が一瞬霞む。

 次の刹那ナイトメアウォーカの両方の顔面の眉間には正確無比に二つのナイフが生えていた。

 中ほどまで突き刺さっていた二つのナイフは生須が指を鳴らすのと同時に猛烈な光を放ち、彼がたどり着いた階下の踊場から

 駐車場のスペースへと飛び出すと同時に大輪の炎の花を咲かせた。

 非常階段のスペースの空気を貪り喰った爆炎はたちまちナイトメアウォーカーの身を真紅の炎のドレスで包み込む。

 階段の入り口から吹いた炎と爆音に一番先頭を走っていたミントが驚いて振り返る。

 「振り向くな、走れ!」

 後方の生須の叱咤に慌ててミントがイコンを抱き直し、コンクリートを蹴る足に力を込める。

 大抵の相手なら致命的な一撃になりうる攻撃だったが生須は不安を拭い切れないでいた。

 ひと時炎によって闇が払われた背後でその不安は的中した。

 壁を破って飛び出してきたのは炎を纏った巨大な何かだったからだ。

 文字通り全身を焼かれるような怒りに絶叫しながら、ナイトメアウォーカーはその身を焦がそうとも尚も追走を緩めなかった。

 巨大な炎の塊と化しそれでも活動を停止しない相手に生須が魂の底から叫ぶ。

 「何者だありゃあ!?」

 「後でゆっくり説明するよ、説明できる体で帰れたらね!」」

 疲労に何度も意識を失いそうになりながらも、パンハイマはサチを抱いた手を緩めず必死に抵抗を見せていた。

 「向こう、あの通路から別のブロックに出られるの!」

 出された指示に先頭を走っていたミントが脇の狭い連絡用通路に折れる。

 ロングスカートなのにミントの健脚は凄まじくパンハイマはついていくのがやっとだった。

 やがて入った通路は人間が並んで二列でやっと歩けるかどうかという狭い道で、やはり点々と電灯やロウソクによって明かりが落ちている。

 しかし一行が入ってしばらくすると揺らめく強烈な光が通路を焼き付けるように照らし始めた。

 ナイトメアウォーカーの全身を覆う火炎である。

 コンクリートを砕きながら一向に勢いに衰えを見せない相手に生須は何度もスローイングナイフを浴びせ掛けていたが、

 ナイトメアウォーカーは胴体にナイフが突き立てられてはいるもののそんな事は歯牙にもかけず、目前の人間たち以外何も視界に

 入っていないようだった。

 さっき使った爆炎を上げるナイフを使うには通路が狭すぎる。使えば生須達もただではすまないだろう。

  土石流が荒れ狂うような怒号を響かせ地獄の番犬のごとく彼らを追い駆けるナイトメアウォーカーに不意に訪れたのは好機だった。

 先頭を走っていたミントが電子ロックの鉄の扉を前に足踏みを余儀なくされているのだ。

 イコンの言う通りに電子ロックのコントロールパネルを操作しても、ロックが解除されないのである。

 ミントが篭手をつけた腕で殴ろうにも頑丈な鋼鉄のゲートはビクともしない。

 跳ね返った銃弾が仲間たちに被害を及ぼす危険性がある為ガトリングで破るという方法も使えない。

 クシミナカタがコントロールセンターで番号を変えたのかも、と漏らしたイコンに全員が青ざめた。

 すでに30mほどまで接近したナイトメアウォーカーを前に焦燥に沸き立ち、次第にその心を絶望が覆ってゆく。

 「どどどどど」

 どうすればいい、とパンハイマは言おうとしたが舌が絡んでうまく言葉にならなかった。

 生須はミントを押し退けて扉のコントロールパネルを叩き割り、ポケットから取り出した端末機を繋いでデータを解析しようと

 躍起になっている。

 しかし到底間に合わない事は明白だった。

 地獄の扉は開かれた。今、その運び手が一行に向かって驀進している。

 サチをきつく抱いたパンハイマの手に、不意に熱が発生したのを彼は感じた。

 拳銃が握られたままのパンハイマの拳にサチの掌が重なっていたのである。

 彼女の手から伝わってくる温もりだけがこの最悪の状況でパンハイマの精神から完全な錯乱を取り払っていた。

 しかしその手から伝わってくるのが温もりでなく、はっきりと感知できる熱に変わった時彼は自分の手に発生した異常に

 初めて気づいた。

 銃、いやサチの手と重なっている自身の右手が白い淡い光に包まれていたのだ。

 サチから伝わってくるエネルギーがそこに具現化したかのごとく、静かな力強さを感じさせる光だった。

 いつかイコンの作り出したピクチャー・ナイトメアウォーカーと対峙した時と同じ力だとすぐさまわかり、意を決してパンハイマは彼女の

 手を絡ませたまま右腕を持ち上げた。

 命運の左右を決する銃口が爆走するナイトメアウォーカーに向かってポイントされる。




















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