プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






レディオガール
RADIO GIRL


2.神様中毒者たち


  パンハイマはよく『見た目も中身も若い』と言われる。

 冗談半分本音半分と言ったところだろうが、パンハイマ自身もそうだと思う。

 一人で世界の細胞学を十年分は進めたという天才であり、また実年齢が若いと言っても36という年齢にも関わらず普段の生活において

 あまりにも落ち着きと分別がないのだ。

 要するにガキくさいのである。

 喋り方も容姿もとても大人に追いついてはいないが、パンハイマは別にいいと思っている。

 ま、僕みたいなのが一人この世の中にいたって面白いじゃないか。

 そのパンハイマも今、この娘を目の前にして初めて身の程知らずのセリフを口にした。

 「近頃の若い子ってのは」

 「あ、叔父さんそれおっさんくさい」

 「誰がおっさんだ」

 クレジットカードを掌くらいの大きさのモバイルに突っ込んでキーを叩き、残高を確認しながら彼は口の端を歪めて不快感を露にした。

  パンハイマはナンパ狂で女好きで女の子には極めて甘い。

 買い物では男の見せ所だ、彼は気前良く街でも一番高いブランドの店へ連れて行った。

 確かに三十分前に彼は『何でも欲しいものを買ってあげる』と言ったが、それにしても『高いのから順番に10個』と店員に頼む娘は

 初めてだ。

 自宅に侵入した事と言いかなり面の皮の厚い娘らしい。

 君に合うのを僕が選んであげるだの何だの言ってパンハイマは何とかサチをやり込め、損害を最小限に食い止めはしたが痛手には

 変わりない。

 「値段で選ぶなとは言わないけどさ。見栄っ張りだなあ」

 モバイルをブルソンのジャンパーのポケットに突っ込み彼は愚痴をこぼした。

  パンハイマ宅に予想外の来訪者が訪れた翌日、彼とサチは休日で賑わいを見せる街へ繰り出していた。

 着の身のまま飛び出してきたサチの着替えや生活用品を揃える為である。

 神薙市六角町大瀬通という、地下組織ザ・ショップの存在により治安が悪い事で有名な神薙市の中でも比較的安全な町だ。

 様々な種類の店は人でごった返し、道の人の流れに翻弄されてパンハイマは軽い人込み酔いを起こしていた。

 「別にいいじゃん。お金持ちなんでしょー?」

 紙袋を手ににやにや笑いながらサチが答える。

 「言うほどじゃないよ」

 休日だけあって人が多く、背の低い二人はどうしてもその奔流にうまく逆らえない。

 パンハイマははぐれないようにサチの手を取って歩き始めた。

 「そいや君、学校は?」

 「中学の頃からずっと行ってない」

 人込みに押し潰されそうになっているサチが苦しげに答える。

 「そう」

 それ以上パンハイマは何も言わなかった。自分にそこまで干渉する権利はない、と思い直したのだ。

 ふと彼の手の中のサチの手を引く力に抵抗が増した。

 「待って、叔父さん」

 「『ハンス』だってのにさ」

 サチに腕を引っ張られて人の流れから脱すると、薬局の前に彼女が立っていた。

 お互い疲労で軽く息が乱れている。

 「香水買って」

 とサチはパンハイマの手を握ったまま、またも極めて素直に己の欲望を口にした。

 さっき買ってやったばっかじゃあないかと断ろうとしたが、それでは口を真一文字に結んだサチは動きそうにもなかった。

 人込みで僅かに乱れたショートカットの黒髪が彼女の三日月のようなアーチを描く眼にかかっている。

 あまり贅沢をさせるとエミコに逢った時に小言を言われるだろう。数回話したが気が強い娘だった。

 そういえば『自分に忠実』だと言う点が極めてエミコに似ているとパンハイマは改めて気づいた。

 「いいよ。あんま高いのダメだよ」

 溜息交じりながらも笑顔を浮かべ、彼は精一杯の心遣いを見せた。

 親が離婚しようと言うのだ。サチが孤独を感じていない筈はない。



  サチがカゴに入れて両手にいっぱい乗るくらいの数の、色とりどりの小ビンを持ってきた時彼は店内で己を悔いた。

 値段でなく数量で制限を与えるべきだった。

 「こんなにどうすんのさ?」

 「香水好きなの。いいでしょー買ってくれるって言ったもん」

 呆れて眉をひそめるパンハイマにサチは口を尖らせた。

 生活用品はすでに別に買ってコインロッカーに突っ込んであるが、これ以上物品が増えると持ち帰れなくなってしまう。

 「あ。そうだ、あと」

 尚も買う物があるのか取って返そうとしたサチの肩を掴んでパンハイマが制する。

 「今日の買い物ここまで!」

 会計を済ませて未練たっぷりの視線の彼女を薬局から連れ出し、ようやくパンハイマは岐路につく事ができた。



  同じ頃、数人の集団が街を歩いていた。

 色とりどりの人々の中からそこだけが浮かびあがるような、凄まじい違和感と不調和性を撒き散らし彼らは闊歩していた。

 雑談や確認の類いの声が一切漏れない。無言のまま黙々と前進を続けている。

 彼らが放つ、あまりにも人間離れした雰囲気に気圧されて人々は集団に自然と道を開けた。

 皆一様に街には場違いな黒のパーティスーツやドレスに身を包み、袖からは石膏のような異様な白さの肌を覗かせている。

 ガラス球を詰めたような瞳からは何の感情も読み取れず、さながらマネキンの行進のようだった。

 その中の一人でも焦点を定めて注意深くじっと見れば気づくだろう、彼らが喉に統一性のある奇妙な円形の刺青を入れている事を。

 それがこの集団がただの酔狂な人間の集まりでない事を示している。

 「やれやれ」

  外部の眼からさらされないようにするかのごとく、守られるように囲まれた集団の中心を歩いていた男は気だるそうにそう漏らした。

 黒のパーティスーツは他の連中と同じだが、喉の刺青は他の者とは違い喉からその下の鎖骨の真ん中あたりまで伸びている。

 ふくらはぎまでありそうな乳白色の髪を一つに編んでマフラーのように首に巻いており、男と言えば男に見えるが女でないとも

 言い切れない。

 そもそも年齢がわからない。見る角度によっては少年にも少女にも、皺のない老人のような顔にも見える。

 実際その声は異常なまでに透明な、性別とか年齢のこもらない声だった。

 「娑婆にはどうにも居所がなくってね」

  同意を求めるように彼は隣を歩いていた12,3歳くらいの少女に視線を落とした。

 手錬れの造型師が作り上げたような美形だが、しかしあくまでも作り物のその顔を向けられた少女は特に返事を返そうともしなかった。

 彼女のその両目は二つとも色が違う。右は青だが左眼は灰色に濁ったヒスイのような色をしていた。

 カゲロウの羽のように白く薄いドレスを細身の身体に纏い、それをいくつかの黒いベルトで体に固定している。

 ゆったりしたドレスはそよ風にも舞い、彼女の肩より少し長いくらいの髪と相まって非現実的な美貌を見せていた。

 彼女から返事が得られなかったので男は肩をすくめるような素振りをして見せた。

 それを含めて動作のすべてがどこかギクシャクと人形じみている。

 「別に」

 男が別の思考に移ろうとした時、少女が不意に大して興味もなさそうにそう言った。

 「私はそういうのは気にならない」

 「ほう。イコンは気にならない? 初耳ダネ」

 イコンと呼んだ少女に向かって片眉を跳ね上げ驚いて見せながら、男がかけていたの眼鏡の位置を片手で直す。

 その奥の瞳の中にあるのは、飲み込まれてしまいそうな無だけだった。

 「ところでイコン、いつかの話だがワタシの…」

  続けたその言葉が発せられる前にふと男の足音が途絶えた。

 機械式のような動きをする瞼を閉じ、両手をポケットに突っ込んだままじっと立ち尽くした彼の唇の端がやがて歪んだ。

 遠巻きに彼らを見つめていた人々は、その男が笑みを作った事に気づいた。

 「おや。おやおやおや」

 楽しそうに漏らしながら、彼は見えない糸でも探るように意識を集中させているように見えた。

 道の真ん中で固まったその集団を遠巻きに見ているうちの、その一人の少女に向かって男は顔を上げた。

 最初からそこにいることを知っていたかのように。



 「アレ何?」

  薬局の店頭でサチがパンハイマの袖を引っ張った。

 女性に荷物持ちをやらせるのは主義に反するとして、自らありったけの荷を持ったパンハイマが振り向く。

 人込みをモーゼのように割って行進する黒服の集団が見えた。

 右手の荷物を左手に加え、パンハイマはサチの手を引いて店内へと引っ張り込んだ。

 「ちょっとちょっと」

 集団に好奇心に満ちた視線を釘付けにしながら文句を言おうとしたサチを彼が制す。

 「ゴッドジャンキーズだ」

 ヘッドディスプレイ越しの視線をサチと同じ位置へ送りながら、心なしか緊張を含んだ少年の声にサチが同じ言葉を返す。

 「ゴッドジャンキーズ?」

 「イカれた連中さ。ここらでの失踪事件の何割かはアイツらが関わってるって話だよ」

  宗教団体ゴッドジャンキーズ。

 バロック調のパーティスーツとドレスを制服にする、神薙市でも特に目立つ団体である。

 服装と合わせて異様に白い肌に加えガラス球のような眼、そして喉の刺青が特徴の彼らは神薙市最大の犯罪の元締めとされる

 地下組織ザ・ショップの一部であると言われている。

 何をやっているのかどこを拠点にしているのかいまいちはっきりせず時折街を闊歩するのを見る程度だが、たまに失踪した人物が

 その集団の中に人形のような容姿へと変貌し紛れている事があるという。

 その結果としてしょっちゅう問題を起こしているようだが、ゴッドジャンキーズと敵対する人物はある日突然消える。

 やがてその人物もずっと同じ仲間だったかのようにゴッドジャンキーズの中の一人としてまた姿を現すのである。

 証拠が何もない為未だに彼らは町にのさばり、何者の介入も受けてはいない。

 逆らってはいけない連中なのだ。

  その集団が二人の目の前を通り過ぎようとした時、ふと連中の真ん中を歩いていた男が立ち止まった。

 頼むからこっちを向くな、そのまま通り過ぎてくれというパンハイマの祈りも空しくその男はぐるりと顔だけ回転させた。

 歯車の音が聞こえてきそうな動作だった。

 眼鏡の奥から放たれる感情のない眼光は、じっとサチに縫い付けられている。

 その集団全体が異様だが、中でもその男が放つ雰囲気の重圧は一味違う。

 パンハイマにもそいつがリーダーだと言う事はわかった。

 顔に合わせて針金のように細い身体の向きを変え、男は一歩ずつ薬局の入り口で立ち尽くす二人に迫った。

 身体の芯が凍りつくような恐怖に硬直する二人の前までやってくると、顔に張り付かせた作り物めいた笑みを殊更広げ、男は胸に

 手をやってうやうやしくサチに頭を下げた。

 「初めまして。ワタクシ、クシミナカタと申します」

 パンハイマの腕を掴んだサチが一歩、彼の放つ異彩に圧倒されて後退した。

 クシミナカタと名乗る彼の声に含まれた感情が、どこか後付けされたような違和感を持っている。

 二人に比べると大分背が高い。187、8はあるだろう、頭上から降りかかるように見下ろされる視線は更に彼の圧力を高めた。

 「こ…こんにちは。素敵なお召し物で」

  引きつった笑いを浮かべながらも何とか返事をしたサチの気丈さにパンハイマは内心度肝を抜かれた。

 しかし自分のジャンパーを掴んでいる手は助けを求めるように震えている。

 「有り難う御座います。ところで貴女は頭の中に面白いものをお持ちのようだ」

 微笑みを崩さず顔を上げたクシミナカタは、パンハイマを挟んでサチに眼を細めた。

 面白いもの?

 パンハイマが聞き返そうとしたが、声は出なかった。

 「おにーさんの見た目より面白くないと思うけど…」

 再びパンハイマを驚かせたサチは、どうやらクシミナカタに圧倒されてはいるが内心では一歩も退くつもりはないらしい。

 人知を越えた意地っ張りなのだ。

 「ははは、これは。返す言葉も御座いません」

 無機物でできた風のような乾いた笑い声の後、クシミナカタは小枝のような指で自分の額を指差して見せた。

 「ワタクシどもは『アクティヴアンテナ』などと呼んでおりますがね…ええ、呼び方などどうでも良い。

 『アンテナ』を持つ人間は少しばかり発する『電波』が違うものですから、道すがら貴女の存在に気づきまして」

 その陶器のような口腔から漏れる声を聞きながら見た目もヤバいが言ってる事がもっとヤバい奴だ、とパンハイマが改めて目の前の

 男からの逃げ道を画策し始める。

  一瞬もサチへの視線を反らさないままクシミナカタは眼鏡を取った。

 露になった空洞のような、何ら感情の色を持たない無の瞳に囚われてサチは歯の根が合わなくなるような恐怖に身を凍らされる

 思いだった。

 「ワタシの言っている事がおわかりになるでしょう、貴女は受信できるのではないですか?他人の『電波』が」

 サチは何も答えなかった。

 湧き上がる恐怖とは別の感情に支配されて、唇も舌も痺れていたのだ。

 「ふむ」

 返事がない彼女に一人頷き、クシミナカタはそっと右手を持ち上げた。

 開いた五指がサチに迫るより速く、パンハイマがありったけの気迫を絞って叫んだ。

 「ギガント! SGEE-54222!」

 彼らの様子を遠巻きに眺めていた人込みの中から、不意に一人の巨漢が飛び出した。

 その身体にぶつかって倒れた人々を蚊ほども気にせず一直線にクシミナカタの背後に迫ったのは、彼が昨晩帰宅した時に連れていた

 フードを深く被った男である。
  クロウ
 「久牢」

 と、振り向きもしないクシミナカタの唇から小さく声が漏れた。

 傍観を決め込んでいたゴッドジャンキーズの集団の中の一人の姿が不意に霞み、と同時に勢いに体重を乗せて放ったギガントの拳が

 空中でぴたりと停止する。

  瞬間的に二人の間に割り込んだのは、クシミナカタにも増して背の高い長身の男だった。

 痩せこけた頬の顔で異様に鋭い刃物のような眼だけが銀光を放っている。

 久牢と呼ばれた男は軽く顔の前方に手を上げ人差し指と中指を立てていた。

 その二つに阻まれてギガントの拳が停止していたとは、さしものパンハイマには予想もつかない事態だった。

 男の体重はどう見たって70s前後だ、その彼の別段力を込めているようにも見えない二つの指が体重100sを越えるギガントの

 突きを止めている。

 「失礼。許可なくご婦人に触れようなどとは礼儀を欠きましたな」

 伸ばしかけた手を下に垂らすと、クシミナカタは今度はサチではなくパンハイマに頭を下げた。

 「『アンテナ』について困った事があればいつでもご連絡下さい。ご相談に乗りますよ、では」

 取り出した名刺を硬直したパンハイマの胸のポケットに突っ込むと、クシミナカタはもう一度笑みを見せた。

 その笑みの向こう側が空っぽだとわかってパンハイマはぞっとした。



 「貴方の趣味は変わっているわ」

  集団の中心へと戻ったクシミナカタにイコンがそう漏らした。

 遅れてやってきた久牢を含め他のメンバーは文句一つ言わず、再びクシミナカタに合わせて行進を始める。

 「嫉妬してくれるのかね」

 彼の冗談に少女は少し鼻を鳴らしただけだ。

 「…まさかワタシと同じ『アンテナ』の持ち主がいるとは。驚いたネ」

 ポケットから取り出した眼鏡をかけなおしながら、クシミナカタは楽しげに笑った。

 今度の笑い方には僅かばかり、彼の本性のようなものが顔を見せている。

 それを微妙に察知したイコンはほんの数秒だけ薬局の方へと視線を送ったが、すぐに再び正面へと戻した。



 「びっくりしたー…」

  高鳴る胸を押さえながら、サチが溜め込んだ吐息と一緒に心の底からそう漏らした。

 今ごろ吹き出てきた冷や汗を拭って掴んでいたパンハイマの腕から手を離す。

 長時間、それも相当の力で触れていたせいかジャンパーには指の形にシワが残っていた。

 「何だろねアレ。あたしに一目惚れかな?」

 「さあね」

 未だに波打つ胸を押さえてパンハイマは疲れたようにひと言そう答えた。

 胸のポケットの中身に気づいて名刺を引っ張り出すと、怪訝そうに眺めながら眉をひそめる。

 「参ったな。眼を付けられたかも」

 相手は狂人の集団と聞いている。

 言っていた支離滅裂な事はともかく、何を理由に自分たちに危害を加えてくるかわかったものではない。

 彼の心底の心配を他所に、サチは陽気に笑ってパンハイマの心の隙間を突いた。

 「アハハ。にしても叔父さん全然頼りにならなかったー」

 「うぐっ」

 あっさり指摘を受け胸に刃を立てられたようなショックに一瞬パンハイマは固まった。



  サチにずっと後方に待機させていたギガントの説明をしながら、パンハイマら二人は帰りの駅に向かっていた。

 ギガントとは欧米のさる会社が開発した人工知能を持つボディガードロボットで、オシリス・クロニクル社の要人には支給される

 ものである。

 コマンドワードと呼ばれる特殊な言語によって登録者の声紋のみを理解して行動し、人間のボディガードのように機転はきかないが

 ある程度は頼りになる護衛となる。

 何より人間と違って煩わしさがなくていいと、パンハイマはサチに言った。

  改札を通って駅のホームに立つと、時計は四時四十分を指している。

 街の中の駅なので乱立するビル街の中にその駅は横たわるように存在していた。

 そのビルの合間を縫って沈む夕日が冬の太陽の遠さを感じさせる。

 あまりの荷物の量に腕が棒のようになっていたパンハイマは、しばしの休息を求めてベンチに腰を降ろした。

 「夕ご飯どうする? またファミレスってのもね」

 パンハイマの自宅からもう少し足を伸ばせば商店街があり、飲食店も多くなるが果たして帰宅した後にもそこまで行く気力が

 あるかどうか。

 妙な人物との遭遇もあり何だか一気に疲労がのしかかってくるような一日だった。

 「サチ?」

  返事が無いのを変に思ったパンハイマが少女に声をかける。

 サチはパンハイマに背を向け、彼の声に脇目も振らずホームに立ち尽くしていた。

 その背に何かただならぬ雰囲気を感じて彼は荷物をそのままに立ち上がった。

 「どうしたのさ」

 サチは取り憑かれたように彼方の一点を見つめていた。

 パンハイマがその視線の先を追うと、路線の上空を通るコンクリートの歩道橋の上に赤い点に行き着いた。

 ヘッドディスプレイの倍角を駆使すると、やがて浮き上がってきたのは橋の柵に手を置いて一心に眼下の線路を見つめている

 一人の女性だった。

 げっそりと頬の落ちた顔色の悪い、まだ若い女だ。

 「あの人、死ぬ」

 静かに呼吸を乱しながらサチは独り言のようにそう呟いた。

 「え? 何でさ?」

 反射的に答えたパンハイマの返事に、サチは何も答えなかった。

 一心に見つめるサチの瞳がみるみるうちに流れ込んでくる恐怖に色を失っていくのが隣に立った彼にもわかった。

 クシミナカタと対峙した時にも見せなかったような怯えを今、この少女が見せている。

 「食べられないの」

  別人が乗り移ったような声でふと、サチがまた思い出したようにそう言った。

 「努力はした。原因は自分でもわからない…ああ、多分、最初は痩せたいとかそういうのだったんだと思うけど…

 お腹は減るの、口に入れるのも噛む事もできるのに飲み込んでもすぐに戻ってくるの!」

 「サチ!」

 誰かの口を借りているみたいに何故かひどく遠い場所にいるように感じた彼女を呼び戻そうと、パンハイマがサチの肩を掴む。

 その手の中で感じた彼女の細い肩の震えは、心の底からのものだっただろう。

 正面から覗き込んだ潤んだ瞳は何も見ていなかった。

 パンハイマの脳裏に再び昨晩の疑問が渦巻き、クシミナカタの言葉とそれが何故かどこかでリンクする。

 人の心が読めるんじゃないのか?

 「伝わってくる…痛かった。何もかもが痛かった! もういいの、こんな事が続くくらいなら!」

 声の後半は尾を引く短い悲鳴に変わり、サチはパンハイマの胸に逃げ込むようにして抱きついた。

  ほぼそれと同時にパンハイマが見たのは歩道橋から下の路線に木の葉のように舞い落ちる、あの女性の姿だった。

 サチの悲鳴と彼方から空気を割く悲鳴が途中から重なり、両方ともすぐに消えた。

 すぐに滑り込んできた電車に二人の視界が覆われた事はむしろ幸福だったと言えよう。

 彼方の反対側の線路からやってきた電車は線路に突然出現したその女性の身体を真っ二つにしてしまったのだから。











  やっぱどこかヘンだ。

 この娘は頭の中に何を持っている?

 震えながらしゃっくりを上げて泣くサチを抱き、パンハイマはぼんやりとそんな事を考えていた。




















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