プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






レディオガール
RADIO GIRL


6.髪牢


  ナイトメアウォーカー。

 それは悪夢を渡る者。

 人が誰しも心の底に持つ闇のわだかまりであり、その人間のマイナスの感情そのものである裏の顔の事である。

 そいつは日常ではちらちらと顔を出すが、決してその全身を陽光の元にさらしはしない。

 宿主の心の奥で静かに息づきその人間が人間である限りは絶対に滅びる事のない不死の怪物。

 普段人が顔を背けている最も汚らわしいその人で、人はかつてこの怪物を『悪魔』と呼んだ。

 「『地獄』ってのもまあ近いモンだね。天国と逆の場所、地獄は人の心の中にある。

 恨み、嫉妬、怒り、悲しみ、絶望…人の心を蝕むすべての根源たる存在だ」

  お茶菓子を頬張って仁志村は続けた。

 咀嚼を始める口元には年齢に相応しくそろそろ皺が現れ初めていた。

 パンハイマのようなムチャクチャをした人間でなければこうして老いていくのが自然なのである。

 最も仁志村の後退した前頭部は、若い頃からのものだったが。
             リ コ
 「マテリアルタイプ『RICO』ってドールズは知ってるかい?」

 「ええ。例の、ネクが担当している…」

 菓子の包みを剥いて遠慮なく口に運びながらパンハイマが相槌を打つ。

 口の中に日本菓子特有の繊細柔らかなな甘味が広がる。割と上物だな、と彼は舌の上の味覚を楽しんだ。

 「おいしいですねコレ」

 『どんな時でも良いものを良いと思える心の余裕を』がパンハイマの生き方だ。

 「うん。ウチの下請けの社にもらったヤツなんだけどさ」

 お茶を注ぎなおしてすすり、口の中を洗い流して仁志村は話を再開した。

 「んで、そのRICOってドールズは結構前から社ではドールズの雛型として色んな実験に使われてたんだ。

 どういうワケだかリコのアクセスは特別強力で、そのアクセスってのが『夢』に関する事だったんだ」

 「夢?」

 彼が言葉を返したパンハイマに頷く。

 「資料を見てみたんだけど、どっかの『何か』が実験に介入してたらしい。巧妙に隠されていたけど僕にはわかったよ」

 「何かとは?」

 「ま、どっかの組織だろうね。そいつらが特に熱心だったのが『ナイトメアウォーカー』の具現化だった」

 瞳を閉じて仁志村が記憶を辿り寄せる仕草を見せた。

 「まあ順を追って説明すればだね、最初は社でちょこちょこやってたアクセスの実験に『何か』が介入して一気に推し進めたんだ。

 どんな理由があってナイトメアウォーカー、つまり人間の心の底の憎悪を具現化するだなんて言う正気の沙汰の外の事をやろうと

 してたかはもう今となっては誰にもわからない。

 わかっているのはナイトメアウォーカーを具現化するのに必要な素体となるドールズが何体か作られたって事だけだ。

 社のデータベースにちょっと残ってたんだけど、『エクトプロイド』って呼ばれたらしいね。

 その実験が成功したのか失敗したのかはわからないけど、何故かその後『何か』は手を引きアクセスの研究機関は大幅に縮小された」

 「そのエクトプロイド達はどんな処分を?」

 声が震えているのにパンハイマ自身は気づいただろうか?

 全身に走る悪寒と強張りを感じ、焦燥に駆られた彼の脳裏を様々な思考が稲妻のように飛び交う。

 「素体と言っても脳を少しいじっただけの連中らしいよ、脳内のどこかが関係してるとかでね。

 ああ、で、エクトプロイド達は全部焼却処分されたらしいよ。

 …でも15体製造されたエクトプロイド達は、14体しか処分記録は残ってなかった」

 脳内?

 エクトプロイドが他者からにじみ出す憎悪を電波のように受信できるアンテナの持ち主で、サチはたまたまその脳の一部分に

 脳血腫ができた

 ばっかりにエクトプロイドと化して自分を宇宙人だの何だの言ったり電波を受信できるようになったのか?

 クシミナカタは社の実験施設から逃亡に成功したエクトプロイドの一人で、どうにかして失敗した研究の完成を目論んでいるとしたら…

 サチを同じ能力の持ち主として実験台に回すつもりで誘拐しようとしているのならばすべてのつじつまが合う。

 じゃああのゴッドジャンキーズという教団を作り出した根源はオシリス・クロニクル社なのか?!

 仁志村に対する礼もそこそこに、パンハイマは椅子を蹴って立ち上がると疾走を開始した。



  しかしあのイコンという少女が漏らした言葉によれば、ゴッドジャンキーズはナイトメアウォーカーの具現化に成功したと言う。

 ならば連中の悲願はもう達成されたのでは。

 いや、もしかしたらクシミナカタはアンテナで集めた憎悪のエネルギーを他の何かに注入する事ができても自分自身が

 ナイトメアウォーカーになる事はできないのかも知れない。

  ヤツの生まれた理由はナイトメアウォーカーの具現化に必要な素体として、だ。

 廊下の床を蹴って進みながらパンハイマは腕で冷や汗を拭った。

 幾度か角を曲りエレベーターを下ってサチの待つ売店までたどり着くと、破裂しそうな心臓を抑えてしばし立ち止まる。

 顔を上げた先のベンチには座っている筈の少女がいない。

 肩で息をしながら呼吸を整え、疲労とは別の意味で溢れる汗を感じながら彼は売店の店員に詰め寄った。

 「ここにいた子は? 見なかった?」

 「いえ…知りませんけど」

 中年の男はカウンターに身を乗り出す彼に圧倒されながらかろうじてそう答える。

 汗で顔に張り付いた金髪を手で撫で付け、パンハイマが歯噛みして一瞬思考を巡らせる。

 呆気に取られる店員に背を向け少年は再び床を蹴った。



  途中すれ違った何人かの社員は驚いて振り返ったが、パンハイマは気にも留めなかった。

 いつもは気を静めてくれる病院のような雰囲気の社の廊下も今は効を成さない。

 体力と反比例して焦燥は全身を巡り、心の底にどんどん募ってゆく。

  突然、床を蹴った右足首に抵抗が発生した。

 おわっ、と思わず悲鳴を上げてわけもわからないまま彼は派手に転倒し、無様に床の上に伏せった。

 胸を打って内臓がひっくり返るような苦痛に一瞬呼吸が止まる。

 足首に絡まる物体に起き上がる事を阻まれ、パンハイマは横転してあお向けになると上体を起こして足首に眼をやった。

 黒くて細い、艶のある糸のようなものが何百本と足首に絡まっている。

 指で掴んで引き剥がそうとしても奇妙な弾力に富んでおり適わない。

 「何だこりゃ」

 指先に感じる柔らかでみずみずしい感触は髪の毛そのものだった。
               ノイズアンドノイジー
 「『髪牢』。イコンと同じく雑音鏡界の力だ」

 抑揚のない声と同時に彼は背後でずるっ、と何か湿ったものを引きずるような音を聞いた。

 慌てて首だけ回した時、床に現れたのは誰の物でもない影だった。

 影は粘液質の黒い液体のようにゆっくりと盛り上がり、やがて人の形へと少しずつ変形していく。

 溶融した影を引き千切るように折っていた上体を仰け反らせて、男は初めてパンハイマと顔を合わせた。

 闇よりもまだ暗い黒のタキシードに、背ほどまであるこれもまた鴉の濡れ羽のごとく黒い髪の痩せた男。

 細い顎と異様に鋭い目だけが刃物のごとく冷光を放っている。

 「クシミナカタ様から受け取った力を込めるものの違いだ。イコンは絵に、俺は影に…」

 異様に長い腕を垂らしたまま男は一歩前進して足にまとわりついた影を引き千切った。

 「お前…」

 ゴッドジャンキーズと会った時、街でクシミナカタを守ってギガントの拳を素手で止めた男だと初めてパンハイマは気づいた。
     クロウ
 確か、久牢と。

 「あの娘は借りていく。殉教に必要なのでな」

 「殉教だと?」

 戒めを何とか破ろうと足首に絡みついた髪に爪を立てながら、パンハイマは胸に入れた拳銃の事を思い出していた。

 弾丸は全弾装填してあるし、抜けばいつだって撃てる。

 もがくパンハイマの問いに久牢は彼を見下したように眼を細めた。

 「我々が信じるのは神ではない。クシミナカタ様を信仰しているのかと言われればそれも少し違う。

 俺達には一つの目的があり、その達成の為に人工的な神を作る必要がある。…それが『殉教』だ」

 「何だ? どういう事だ!」

 パンハイマの自由を奪っている髪の毛は、パンハイマの影自体から生えてその足首を巻き取っている。

 銃で吹き飛ばすには自分の足との距離が近すぎる。かといってこの体勢で相手に向けて撃っても当たるとは思えない。

 「人の心を占める大幅な憎悪の要因は『孤独』…その克服を」

 淡々と語る久牢の言葉が途切れるより速くパンハイマは銃を抜いていた。

 イチかバチか相手に向けて撃つつもりだったが、不意に突然彼の視界を暗黒が覆った。

 「うわ…」

 久牢の影から生えた数万という髪は空中で絡み合って巨大な掌へと形を変え、横殴りに張り手でパンハイマを壁に叩きつけたのである。

 指がカギヅメのように細く刃物のごとく鋭い手はパンハイマを壁へと縫いつけたまま静止した。

 久牢は一歩も動いていない。その場で少し鼻を鳴らしただけだった。

 「無駄だ。貴様らの武器では我々の力には勝てん」

 影の手の指の隙間から覗くパンハイマの顔に、久牢は初めて表情の変化を見せた。冷笑だった。

 骨が軋むような圧迫に呼吸すらもままならなくなったパンハイマに久牢は相変わらず抑揚なく続けた。

 「楽園は目前だ」

 状況を一転させたのは一人の男の声だった。

 「博士!?」

  久牢とパンハイマが同時に声のした方へ顔を巡らせる。

 廊下のやや後方で立っているのは社員の一人だった。

 軽く舌打ちして久牢はパンハイマの戒めを解いて数歩後退する。

 床に倒れ込んで咳き込みながら空気を貪る少年を憎々しげに一瞥すると、踵を返して彼は廊下の壁へとゆっくり歩き出した。

 「この世界を作り変えるのは我々だ。『福音の大地』の連中の思うようにはさせん」

 福音の大地?

 圧迫から逃れて急速に回復する意識を頼りに、パンハイマは頭の中で相手が言った事を復唱した。

 久牢はまるでその先にも道が続いているかのように、自然に壁にできた己の影の中へと身を投じて姿を消す。

 床に膝をついたパンハイマの咳き込む声だけが静かな廊下に響く。



  身体には大した異常もなかったのでパンハイマはその日のうちに帰宅した。

 久牢については知らぬ存ぜぬで通し、消えたサチの事も伝えはしたがゴッドジャンキーズとの関連は喋っていない。

 何もかもが現実性を欠いている。真面目に聞く者がいるとは思えない。

  自宅のマンションの一室で本を片手に彼は人を待っていた。

 マンションの一階はすべてパンハイマが所有しており、居住している部屋以外は彼が趣味で集めた書籍が山積になっている。

 何段も連なった本棚の影で沈鬱な表情のまま、見るとはなしに本を眺めながら壁によりかかって時間が過ぎるのを待った。

 サチの声がさっきから幻聴のように何度も頭の中で響いてくる。

 わがままで生意気な娘だった。

 不可抗力だったと言えなくもないがさらわれたのは自分の責任だと自覚している。

 どうやってでも奪回しなければ。

 「おい」

  突然発せられた男の声にパンハイマが驚いて顔を上げる。

 夕闇の迫る部屋の中、彼の眼前に男のシルエットが浮かび上がっていた。

 何時の間にかその時間が来ていたらしい。パンハイマが立ち上がって数回首を鳴らす。

 猛烈な空腹感に思い出したように襲われ、彼はめまいに足がもつれた。

 「明かりも付けないで何をしてるんだ。僕ァ呼ばれて来てやったんだぞ」

 「ごめん。ノックくらいしろよ」

 「したぞ。五回も」

 不意に視界に光が溢れ、眼がくらんで再びよろめいたパンハイマの腕を男が掴んで支える。

 「凄い数の漫画だこと」

 電灯のスイッチを入れた本人が、感嘆を漏らしながら棚の陰から姿を現す。

 眼が慣れた頃にパンハイマの目の前に現れたのは一組の男女だった。

 「久し振りだ。相変わらずの漫画狂だなお前は」

 パンハイマを片腕で支えながら、残った手で棚から一冊適当に取り出してしげしげと眺めているのは男。

 こげ茶のロングコートに身を包み、全身から放たれる緊張感が常人ならざる能力の持ち主である事を示している。

 童顔だが丸眼鏡の奥の鋭い瞳は決して隙を見せない。

  オシリス・クロニクル社とは色々とつながりがあり主に荒仕事を引き受ける何でも屋『東永ガードシステム』の一人だ。
    イクス
 名を生須と言い、数年前一度ボディガードを頼んだ事がある男でパンハイマとは知り合いである。

 スローイングナイフの使い手で恐ろしく勘が鋭く、神経は刃のごとく研ぎ澄まされた相当の手練だ。

 「ハーイ。元気?」

 その背から陽気な声と一緒に姿を表した娘はパンハイマの覚えにはない。

 ロリータファッションに身を包んだ18,9歳の花のような美少女で、釣り上がった目とショートカットの茶の髪が活発な印象を与えている。

 「ミントだ。ウチの社が所有する戦闘用ドールズだよ、マテリアルドールズは『MARY』」

 いつもなら速くも口説き落とす文句を考えているところだが、今はそんな気分ではないパンハイマにも僅かに驚きが生じた。

 戦闘用?この女の子が?

 そんな彼の表情から疑問を悟り、イクスが付け加える。

 「まあ見た目はアレだけど使い物にはなる。電話で聞いたが仕事は奪回だそうだな?」

 アレって何よコラ、と詰めかかるミントを無視して彼は仕事の話を始めた。

  派遣されたのは二人だが生須一人でも充分頼りになる、まずは状況を詳しく把握させなければ。

 「女の子だ。ゴッドジャンキーズにさらわれた」

 その名を聞いて生須は僅かに眼を細めただけに反応を留めた。

 「ゴッドジャンキーズか。根城がどこか知ってるのか?」

 「わからない」

 生須が肩眉を上げて腕を組み、口を真一文字に結ぶ。

 「ウチの社に問い合わせてみるが…まずはどこにさらわれたかわからん事にはどうにもならないな。声明はないのか?」

 「いや。何も」

 「ウチの社も知らなかったら八方塞がりじゃん」

 口を挟んだミントを生須が制するが、実際には状況は彼女の言ったままである。

 ゴッドジャンキーズに関する情報が少なすぎるのだ。

 「私知ってるよ」

  ケータイを取り出した生須を少女の声が制した。

 全員の視線が注がれた先に現れたのは、長い黒髪で風を切って現れた少女だった。

 華奢な身体にまとった薄羽のようなドレスをいくつもの黒革のベルトを全身に巻いて固定している。

 優しい顔立ちをしているが、張り付いている表情は氷のように冷たかった。

 「君は…」

 パンハイマの声の先をついてイコンの表情が僅かに氷解した。

 「イコンよ。覚えておいて」























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