プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






シスター・マリア

2.シスター・ヴェノム


  自分の特異な能力に気づいたのはそう過去の事ではない。

 ダイバーフォンの端末をパソコンにつないだまま、何時間もインターネットをしていた日の事だ。

 長時間のパソコン機器の使用により茫然自失となりかけていたガガの目の前が、何時の間にか自分の部屋ではなくなっていた。

 半分夢のような感覚に捕われながら周囲を見渡してみた時、初めてここが現在でも過去でも未来でもないもう一つの現実だという事に

 気づいた。

 すなわちネット上の仮想現実空間だと。

  最初は遂に自分が妄想と虚構の区別がつかなくなってしまったのだと思っていたが、何度もダイビングを繰り返すうちに彼にも少しずつ

 仕組みがわかってきた。

 ただし自分の力を試す為や面白半分、好奇心などでのハッキングは何度もしたが、本気で情報を盗み出すのはこれが初めてだった。




  様々な色彩の光が歪み、溶け合う空間を数秒の内に通過し、やがて再びガガの意識が戻った時にはもう自分の肉体を離れた場所に

 彼はいた。

 半分体が眠っているようなふわふわする感覚ももう慣れたものだ。眼を開き、自分という存在を確認する。

 見渡す限り180゜画用紙のような真っ白な、まったく起伏のない平坦な大地が地平線まで続いている。

 それは気が遠くなりそうなほどに、あまりにも現実離れした光景だった。

 ここには何もない。風の流れも空気の擦れ合う音もない。

 さっきまで五感で感じていたあらゆる感覚が、無機質なフィルターを通したように妙に味気ないものとなっている。

 ガガはこの感覚を『フルコースディナーが印刷された紙を噛み締めているような気分』と表現している。

 眼に見える物はここには存在していない。あくまでも彼の心や情報による量子的干渉によりそのように『見える』だけだ。

 ガガの精神状態やネットの状況などによってここは大きく姿を変える、数値によって組み立てられたネット空間の世界である。

 情報化された自身さえもがふとすれば消えてなくなっていってしまいそうな、すべてに置いて無に満ちた場所だった。

 彼は自分の姿を保ってはいるがこれは意識としての存在だけで、もはや肉体の支配は受けていない。

 肉体は現実世界で心が抜けた抜け殻になっており、言わば仮死状態になっている。



  空を見上げると、淡い青色の中を流れ星のように行き交ういくつか光の線が見えた。

 あの一つ一つがネットワークを行き交う情報で、その気になれば手に取って自由に閲覧する事ができる。

 ガガがひょっとやそっとでは侵入する事すらできないダイバーバードのサーバーに侵入できると確信していた理由は、いつしか目覚めた

 この能力による自信に裏打ちされたものだった。

  ハッキングは何度もやった事があるし、当然の事ながら各社とも自身を情報化し意識のみで侵入してくるハッカーに対する防衛策など

 敷いている訳もない。

 というかガガでさえこんな事ができる自分の体が不思議だった。

 こんな事ができる人間は自分だけだと思うと、変な自尊心が湧いてくる。

  踏みしめた足元の地面からは、冷たくも暖かくもなく、硬くも柔らかくも無い妙な感覚が伝わってくる。

 ひとしきり周囲を見渡した後、ガガは声に出して言った。

 「『ダイバーバード』への道を」

 語尾が消えると同時に平坦な大地の各所から次々と鉄柱が生え始めた。たちまち周囲は鉄柱の林と化す。

 ガガの身長の1.5倍ほどまでに伸びた銀光を放つそれらは、次に内側から矢印の形の看板を生やす。

 木々になる木の実ができる様を早送りで見ているようだった。

 目の前の鉄柱には10個ほどの看板が、お互い窮屈そうに並んでいる。

 その内の一つの向かって左側を指している看板は青く発行しており、『ダイバーバード』と表記されていた。

  この世界ではガガの声には一種の強制力がある。

 つまりネット空間に広がる情報の中から、口に出した内容を含む情報をある程度拾い集め、彼の前に表記させるのだ。

 この道標の一つ一つが電話線やダイバーバードへ通じているHPのリンクなどだ。

 矢印が示す方向に向けてガガは歩き出した。



  各所に立っている道標を頼りに数十分も歩いただろうか。

 看板の林が途切れて再び果てしない無限の地平線が現れた時、そのはるか彼方に何の建造物が見えた。

 距離がありすぎて画用紙の上に乗った豆粒のようにしか見えないが、確かに存在している。

 あれが目的地だろう。走り出そうとしたガガの目の前の地面に突然、平行に直線が走った。

 二本の直線は垂直に交じり合ういくつもの枕木を抱いており、彼が足を止めた爪先のすぐ前でガガの行く手を阻むように棒が競り上がってくる。

 やや前方の反対側でも同じ事が起こっているようだった。

 その棒を支える鉄柱が右手に現れた時、それの実体をようやく掴む事ができた。

 ガガを行く手を阻んだのは踏み切りだ。

 鉄柱の先端に掲げられた警告灯のランプが激しく明滅し、カンカンカンという馴染みのある耳障りな音が響く。

 どこからともなく走ってきた、深い赤色のものが轟音を放ちながらガガの鼻先を通り過ぎてゆく。

 空気を震わせながら目の前で唸りを上げるそれは、いつまで経っても決して途切れる事のない電車だった。

  これがネットから逆流して来て重要なデータバンクに侵入を試みる、招かざる客を追っ払うダイバーバード社のプロテクトとカウンター

 プログラムだ。

 見ての通り通過は不可能だし、それでも無理矢理行こうものならカウンタープログラムが発動して向こうにハッキングをかけた事が

 わかってしまう。そして当然すぐに逆探知が始まるだろう。

 これはガガのようにサイバーダイヴ能力を持たない者、つまり普通にパソコンを使って侵入してくるハッカーの為の障壁だが、彼にも

 このような形となって防壁となり現れる。

 ここを何とか通り抜けなければクドリャフカの情報は手に入らない。

 まず必要なのは正規のパスワードだ。

 誰でもいい、社員のものが一つでもわかればこの先へ安全に入ってゆく事ができる。

 ガガはその場に腰を降ろすと、左の腕とほぼ一体化している小型パソコンの掌ほどの大きさのモニタを開いた。

 あるパスワードを打ち込んでしばらく待つ。



  同じ頃、、ガガの住んでいる公営住宅。

 彼の住居の彼の部屋の、その出窓の僅かなスペースでは黒い塊が目を覚ましていた。

 ダンボールで作られた巣のような物の中で不気味な機械的な作動音を放ち、よろよろと巣の端に立つ。

  それは大きな鴉だった。

 ただし野生の動物にしては異様なまでに無機質なその瞳は三つあり、足はがっちりと足場を掴めるように多少強化されている。

 その鴉は全体の雰囲気としてあまりにも獣性というものが失せていた。

 ガガが改造したサイボーグバードだ。

 覗き目的での使用が多発して市販は数年前から中止になっているが、今でも裏路地のジャンクショップなどで売られている。

  鴉は大空に三つの瞳を向けると、物言わぬまま巣を蹴って飛び立った。



  鴉は人工衛星のナビコンで座標をセットすれば、その場所に自動的に飛んでくる。

 その場に座って随分長い間待っていると、やがて開いた腕の小型パソコンに鴉が目的地に到着した事の知らせが表示された。

 数度キーを叩くと、モニタには町にそびえるダイバーバード社の姿が映し出された。

 現実世界の鴉の視界だ。彼がいる場所はダイバーバード社の隣のビルの、屋上の鉄柵である。

  ここからが根気のいる勝負だ。

 鴉の三つあるうちの一つの目は高精度の超望遠レンズになっている。

 パソコンのダイヤルを回転させて視界をズームアップし、窓から覗く朝の出勤で賑わう社内の光景に眼を凝らす。

 夏なら強い日差しを避けてブラインドが下りている所だが、今回は大丈夫だ。

 更にズームを利かせ、机の上に乗っている書類の文字が読めるくらいにまで近づける。

 出勤したばかりであろう若い男性社員が、退屈そうにパソコンのキーを叩いているのが見えた。

  しばらくあちこち場所を変えて覗き見を続ける内に、ようやくガガは目的のものを見つける事ができた。

 パソコンのモニタの周りにIDとパスワードの書かれたメモを貼り付けている社員がいたのだ。

 手ごたえに一度ガッツポーズをかまし、この映像を画像として保存すると、鴉に帰還命令を出して立ち上がる。



  けたたましく喚き声を上げる警告灯の元に近づくと、本来ならば非常停止ボタンがある場所に顔を近づけた。

 耳を塞がないと鼓膜が弾け飛んでしまいそうな音に悩まされながらも、そこにあった四角い小箱に腕に装着していた小さなパソコンから

 伸ばしたコードの端末を差し込む。

 今手に入れたばかりのパスワードを入力すると、同時にずっと通り続けていた電車がようやく途切れ、地平線の彼方に消えてゆく。

 警告灯も鐘の音も火が消えたように失せて踏み切りのバーが持ち上がり、ガガは更に奥へと進み始めた。



  すでにここはダイバーバード社の中だ。

 ガガの周囲で頻繁にやり取りされるデータが、青いレーザー光線のように飛び交っている。

 建造物のように見えたのは整然と並べられたスチール製のロッカーだった。何百とあるそれがずらっと並んでおり、大きな更衣室のようだ。

 奇妙な事にそのロッカーは一つ一つすべてに点滴が降りていた。

 ビニール製のパックの中にはどす黒い何かの液体が満ちており、透明なチューブを下ってロッカーの通気口から中へと消えている。

  そのロッカー群の中に入ると、ガガは命令を口にした。

 「クドリャフカの情報は?」

 すると赤いラインが足元の地面に現れ、スーッと伸びて奥の方のロッカーの前で止まる。

 恐らくこのロッカー一つ一つがすべて情報の詰まったバンクなのだろう。

 目的のロッカーの前まで来ると、取っ手に手をかける。意外と簡単に開いた。

  中でうずくまっているものを見た瞬間、ガガはぎょっとしてあとずさった。

 膝を抱いて俯いているのは人型をしている。所々関節が真っ黒な球体のようなものになっており、人形のようだ。

 毛のない陶器のような硬質な肌は、無機質な光を弾いていた。右の上腕に点滴の注射針が刺さっている。

 注射針を固定するテープに滲んでいる血は真っ黒だ。

 気を取り直すと咳払いを一度し、彼は意を決して人形に質問した。

 「クドリャフカについての情報を全部、引き出して」

  強張ったガガの声に錆び付いているかのように人形は顔を上げた。

 老若男女や歳といった個性や個別のまったく存在しない、誰のものでもない顔だった。

 電子的な無機質な音声で返事が返ってくる。

 『検索中…検索完了。利用者【クドリャフカ】に関するHCサービス加盟者情報を展開しますか?』

 「イエス」

 しばし、人形は考え事をしているようなふうを見せた。

 『【クドリャフカ】…ダイバーラジオ・チャンネルナンバー####4927503、タイトル・シスターマリア。

 加盟者情報の詳細…削除されています。連絡先の情報は残留…加盟者にアクセスしますか?』

 「?」

 削除されている? どうやら遅かったようだ。

 しかしアクセスするかどうか聞いてくるという事は、まだ連絡先は残っているのだろう。

 「頼む」

 『しばらくお待ち下さい…

 アクセス中…

 あ、あクセす、か、完リョう、あ、く、せ、ス…』

 壊れたラジオのように声の詰まった人形を、ガガが眉根を寄せて覗き込む。

 彼の目の前でその体がビクンビクンと数度痙攣する。

  突然、その人形の肩が自転車のポンプを突き刺して空気を送ったみたいに膨れ上がった。

 次に顔、足、胴体。驚いて飛び退いたガガの目の前で、ロッカーからはみ出しながらあっという間に人形は風船のようにパンパンに

 まん丸になる。

  その球体になった腹にガガは妙なペイントを見た。

 スマイルマークを微妙に凶悪な表情にしたもので、『シスター・ヴェノム』というロゴが入っている。

 そして遂に人形の体は内側に広がる圧力の許容範囲を超え、咄嗟に両腕で顔を覆った彼の鼻の先で弾けた。

 本当にまるで風船に針を突き立てたみたいな音と一緒に、中に詰まっていたのか真っ白なスモークと色とりどりの紙吹雪が宙を舞う。



SISTER  VENOM



  恐る恐る顔を上げて手を除けたガガは、スモークの中からロッカーの影が消えている事に気づいた。

 カウンタープログラムが発動したのだろうか?

 あれは普通のハッカーにとってはただ住所を逆探知されるくらいだが、彼のような意識までも飛ばす者にとっては牙を剥いて襲い掛かってくる

 モンスターと化す事は経験済みだ。

 己自身をネット空間に飛ばす以上は命を賭けなければならない。サイバーダイヴ能力とは諸刃の剣なのである。

  緊張に硬くなる彼の耳に、滲んだような音が聞こえてくる。

 楽しげな電子音のメロディを刻んでいるそれは、よく遊園地などで聞くモンドの音楽だ。

 状況が掴めず不安に蝕まれるガガの視界が利くようになる頃、薄れたスモークの中に電飾に彩られた様々な物体が見え始めていた。

  眼がちかちかしてくるような色彩のネオンに満ちた観覧車や回転木馬などが、ロッカーと入れ代わりにおぼろげにその姿を現している。

 ガガは一瞬視界を奪われた間に忽然と現れた、その遊園地の真ん中に立っているようだった。

 「それはは幽玄のごとくうつろい、姿を変える…」

 きょろきょろと辺りに視線を彷徨わせていた彼が、突然背後からかかった声にビクンと体を震わせる。

 恐る恐る振り向いた先では、人影が抑えた静かな声を発していた。

 「掴もうと伸ばした手をすり抜けて、その時はもう違うかたちになっている…」

 一歩後退した彼の目の前に現れたのは、ガガよりも頭一つ分ほど背の高い人影だった

 真っ白なスモークから滲み出してくるようなカラーリングを施されたピエロだ。

 ピンクの地に赤の水玉模様という派手な色彩の服装に、顔には元の顔がわからなくなるほどの道化の化粧。

 両手の間でお手玉のように六つのボールを投げ交わし、すべてを空中に放り上げると被っていたシルクハットを脱いでその中に落とす。

 「ああ、愛は万華鏡!」

 胸を手をやって大袈裟に天を仰ぎながら、ピエロは感極まったというふうにそう締め括った。

 化粧のせいで性別ははっきりしないが、声は細く高い女のものだ。

 困惑と驚愕にどうする事もできなくなっているガガを見下ろすと、彼は胸元に当てたままの手でグッと自分の服を掴んだ。

 「『クドリャフカ』に何の御用かしら? ボーイ」

 力いっぱいピエロが自分の服を引っ張ると、それはビリビリと乾いた音を立ててまさしく紙のように破れた。

 服だけではなくピエロの頭部などの外見のすべてが破れ、まるで紙の衣のように全部紙屑となって散ってゆく。

  むっとするような香水の香りと一緒に中から現れたのは、一人の若い女だった。

 すらりとした長身で、そのスレンダーボディに似合う真っ赤な手品師のようなタキシードに身を包んでいる。

 上着の胸元には人形が膨れた時に何時の間にか刻まれていた、あのスマイルマークのバッヂが付けられていた。

 蝶ネクタイを締め直しながらにっこりと微笑んで見せた彼女の、蛍光的な青色のショートヘアが僅かに揺れる。

  ガガにとっては予想だにしない事態だった。

 今までネット空間にダイヴして人に逢った事など一度もない。

 彼女は腰を折って眉根を寄せながら彼の表情を覗き込んだ。香水の香りがガガの鼻腔を満たす。

 ガガの鼻先まで迫った端正な顔つきの中には、頬に涙のペイントがしてある。

 「ふーむ」

 値踏みするような表情でしばし相手を覗き込んだ後、女はくるりと背を向けて数歩彼から遠ざかった。

 そして唐突に場違いな陽気な声を出す。外見は変わってもまるで道化のような態度のままだった。

 「さーて問題です。私は何者でしょーう? ノーヒントで得点二倍のチャンスです!

 1.ダイバーバード社のカウンタープログラム」

 パッと振り返った彼女の姿は何時の間にかガードマンのような制服に変わっている。

 「2.転校してきたばかりの謎の美少女」

 もう一度その場で一回転。次はセーラー服姿で恥かしそうに顔を赤らめた。

 「3.ただのバグ」

 今度は大きなゴキブリの着ぐるみだった。

 もう一度背を向けた時にはタキシードに戻っており、ぴたりとその場に静止すると彼女は口で秒読みを開始する。

 何もかもがガガの常識の外で進んでいる。

 「カッチッカッチッカッチッ…ブー! 時間切れでーす、うーん残念!」

 ガガが答える間もなくそうまくしたてると、女はまた彼に向き直った。

 その表情に浮かんでいるものが残虐性を秘めた狂気的な笑みだとわかり、ガガは思わず逃げ腰になる。

 「正解は4.『貴方を殺す役目を持つミラクル☆美少女、シスター・ヴェノム』でしたー!」

 シスター・ヴェノムは両手の甲を合わせて逆に合掌すると、その指先を己の胸の隆起の間に向けた。

 笑みを作って持ち上がった彼女の真っ赤な唇からギラリと犬歯がこぼれ、光を弾く。

  次の瞬間相手が起こした行動はガガにとっては正気の沙汰ではあかった。

 シスター・ヴェノムは両手を自分の胸に突き立てたのだ。

 鮮血がほとばしって地に飛沫が飛び散り、ズブズブと両手は指先から肉に沈んで行った。

 ある程度合わせた手が沈み込んだ時、次に彼女は目いっぱいの力で両手を開いて胸の縦の裂け目をいっぱいに広げた。

 ブチブチという皮膚と筋肉を引き千切る、えもいえぬ奇妙な音が響く。

 内臓を押し退けて黒光りする巨大な物体が飛び出した時、ガガは突き抜ける恐怖にどうしようもなくもう背を向けて走り出していた。

 シスター・ヴェノムは胸に開いた裂け目より体の内部からせり出してきた、人間の腕よりもニ回りほど太い迫撃砲の砲身を正面に向けた。

 支えがある訳でもないのに血塗れの砲塔は地面と平行に伸びている。

 楽しげな笑顔を浮かべたまま、彼女は血塗れの右手の人差し指と親指を立てて銃の形を作り、その指先でガガの背に狙いをつける。

 「ん〜…」

 左手を腰に当てるとどんどん遠ざかってゆく彼に対して片目をつぶり、シスター・ヴェノムは声を張り上げた。

 「バーン!」

 その声とほぼ重なるように、彼女の胸から直接生えている迫撃砲が火を吹いた。

 シスター・ヴェノムの声の100倍は大きな轟音を放ち、砲弾は白い尾を引いて伸びてゆく。



  足がもつれて転倒したガガの頭上を、何かが空気を切り裂く恐ろしい音を立てて高速で霞めていった。

 ガガの20mほど前方に着弾した砲弾が地に炸裂し、爆音と同時に画用紙の大地を穿つ。

 爆風でガガの前髪が大きく流れ、鼓膜が痛くなった。

 振り向いた彼方ではシスター・ヴェノムが砲を構え直していた。

 まるでオモチャの銃でも扱っているかのような、屈託の無い笑顔が遠くに見える。

 そしてもう一度砲撃音。

 慌てて立ち上がると、正面のめくれ上がった地面を避けて訳もわからないままガガは再び逃走を開始した。

 今度はついさっきまで自分が伏せっていた場所に着弾し、空気を震わせる爆風が背に伝わってくる。

 あいつは何だ? カウンタープログラムじゃない、どう見ても『人格』がある!

 次々に浮かんでくる疑問を飲み込み、今は走る事に専念した。

 ようやく見えてきた踏み切りに向かって一層足に力を込めると、再び自分の背に向けて放たれた砲弾を感じる。

 空気が激しく悲鳴を上げ、甲高いそれは少しずつ低い音へと変わってゆく。接近してきている証拠だ。

  振り向いたガガの頭上で、その弾丸は空中で分解した。

 と、同時にバラバラと内臓していた拳大の大きさのものが宙に放たれ、すぐに彼に向かって火を吹きながら殺到してくる。

 多弾頭タイプの砲弾だ。空中で分解し、内臓している小型のミサイルをばら撒いて襲い掛かる。

 追いつかれる!

 走りながら左腕の小型パソコンを起動させると、右手でモニタを開いて恐るべき速さでキーを打つ。

 すると10mほど前方にまで迫っていた、開いたままの踏み切りの警告灯が光り始めた。

 同時に鐘の音がやかましく響いて電車が来る事を知らせる。

 上がっている踏切のバーが下り始めようかと言う時、もうガガのすぐ背にまでミサイルの大群が肉迫していた。

 ブーストの炎が大気を焦がし、空気が唸りを上げる音が耳元にまで聞こえる。

 踏み切りの片方のバーを潜り、中ほどまで来た時に右手の彼方からクラクションを鳴らしながら電車が走ってくるのが見えた。

 目の前の踏み切りが閉じようかという瞬間、ギリギリの所でガガは地を蹴ると頭から飛び込んでその下を潜った。

 ほんの0.数秒前までいた場所を電車が通過し、追ってきた先頭のミサイルに衝突して爆砕させる。

 後続のミサイルが電車に衝突して数度、炎の花が咲き乱れた。

 ガガが勢い余って数度地面を転がっている間、煙の尾を引いて電車は通過を続けた。

  ようやく彼が立ち上がった時はもう視界は電車に遮られ、シスター・ヴェノムの姿は見えなかった。



  自分の肉体に戻ると同時に、ガガは凄まじい精神的疲労に椅子から落ちそうになった。

 あれは一体何だったんだろう?

 呆然としたまましばらくその場で硬直していたが、ようやく我に帰って椅子に座り直す。

 壁にかかっていた時計を見ると、アクセスした時間から20分ほどが経過していた。

  端子を抜いてこめかみに戻し、顔を洗おうと洗面所に向かった時だった。

 抑えられた照明の元、出入り口付近に誰かが立っているのに気づいたガガが驚きのあまり足を止める。

 その若い男は従業員の服装をしていた。

 未成年という事がバレて追い出しに来たのだろうか? 強張ったガガは、しかし相手の異様さに首をかしげた。

 眼がどこも見ていない。口元からは涎が糸を引いて落ちている。

  その涎が突然、量を増して青白い奇妙な液体と同時に喉の奥から噴き出した。

 ギガントと呼ばれる単純作業用の人造人間の人工血液だ。彼は人間ではないらしい。

 「あがっ…ごっ…」

 肺から絞り出すような声と同時に吐瀉物を床に撒き散らしながら、相手は少しずつ真上を仰いだ。

 そして鼻先が天井に真っ直ぐに向いた時、その首が胃の底から持ち上がってきた何かによって大きく膨らむ。

 それは喉を通り過ぎ、とうとうその口から飛び出して来た。

 液体やらギガントの体内の部品の破片やらがくっついた、両の掌ほどの大きさのテレビモニタだった。

 しばらく周囲を確かめるように、モニタについているアームを蛇のようにクネクネと動かして周囲を見渡していたが、ガガを見つけて

 まっすぐに画面が彼と向き合う。

 画面に数度ノイズが走り、現れたのはあのスマイルマークとロゴだった。

 これは現実なのか?

 冷や汗でびっしょりになったガガが後退すると、モニタの映像がパッと移り変わった。

 何かニュース番組のようなスタジオで、スーツ姿の女性が机についてにこやかに笑っている。

 『番組の途中ですが、予定を変更してニュースをお伝えします』

 たった今逢ったばかりの女。シスター・ヴェノムだ。

 先ほどとは打って変わって知的なムードを漂わせながら、彼女はゆっくりと話し始めた。

 『非常に残念な事ではありますが、貴方の死亡時刻は今から10秒後という事に決定しました。

 尚この放送の後に予定されていた番組・【貴方の走馬灯】を数秒遅れでお送りします。ではまた来週』

  言葉が切れると同時に表示された、彼女の右上にある小さな画面に秒読みのカウンターが表示される。

 0.00秒単位で刻まれるデジタル時計のそれが時間を刻むにつれ、ガガは胸の内に怒涛のように沸いてくる焦燥に身を焦がした。

 頭の中が真っ白になったまま、慌てて部屋の中に取って返すと頭から窓ガラスに突っ込む。

  次の瞬間、ガラスの破片を浴びながら外の道路に転がったガガの鼓膜を衝撃が激しく震わせた。

 今飛び出してきたばかりの頭上の窓から噴き出した炎と爆風が、視界のすべてを真っ赤に染める。

 あのギガントが爆発したのだろう。

  ここが一階で良かった。咄嗟の中でこの行動を起こした自分は誉めてやってもいいと頭のどこかで思った。

 あたりに静寂が戻ってもしばらくは我を失い、呆然としていたガガがガラスで切った顔の細かい傷の苦痛に意識を取り戻す。

 耳の奥が爆音のせいでグラグラしていた。

 野次馬や警官たちが足早に集まってくるのがわかった。遠くで消防車のサイレンも聞こえる。

 面倒な事にならないうちに、ガガは裸足のまま人込みの中に紛れた。



 あいつは一体なんなんだろう。

 クドリャフカの情報にアクセスしようとした瞬間現れ、シスター・ヴェノムと名乗っており、自分を殺す役目を持つと言っていた。

 わかる事と言えばこれだけだ。

 そして以上から考えられる事としては一つ、その存在する理由も何故あんな人格を持っているかは不明だが…

 恐らくあれが『クドリャフカ』という情報のカウンタープログラムなのだ。




















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