プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






シスター・マリア

4.ミス・シンデレラ


  外はもう真っ暗だった。

 ブラインドの下りた窓の外には帰宅途中の自動車のライトが溢れ返っている。

 誰もいなくなったパーティ会場で、失意に揉まれてどうしようもなくなり、帰ろうかとグズグズしていたガガの背後から騒々しい音響が

 飛んできた。

 驚いて振り向くと、誰とはなしに罵倒を口にしながら落っことした皿を拾い集めようと屈み込む少女の姿が見えた。

 ちょっと場所を移動すると、テーブルの影に隠れた彼女がプラスチックの皿を手元に積み重ねているのがわかる。

 確かクルミと呼ばれていた、司会を務めていた少女だった。

 一人で残って後片付けをしているようだ。

 もしかしたらミス・シンデレラの知り合いなのだろうか?

  ガガは大した確信や理由もなく、ただちょっと一人だけ残された彼女を可哀想に思ってそっち方へと歩いて行った。

 さっきまでは賑やかだった部屋も、今はプラスチック同士がぶつかり合うカチャカチャという音しか聞こえない。

 一度にたくさん運べるように皿を大きなプラスチックの籠に入れると、掛け声を上げてそれを持ち上げた彼女の視線がガガと噛み合った。

 相手は目を剥いて驚いたが、ガガもいきなり彼女が振り返ったので同じくらい驚いた。

  クルミは困惑しながらも相手にちょっとだけ微笑んで見せた。

 「どうしたの。忘れ物?」

 「いえ、えーと…」

  浅黒い肌に彫りの深いクルミは、どう見ても中東系の人種だ。日本人には見えなかった。

 しかし司会の時の饒舌っぷりと言い今と言い、およそ外国人とは考えられないような流暢な日本語を話していた。

 シャツとジーンズというラフな格好の上に、今は料理の残りやソースが跳ねてもいいようにエプロンをかけていた。

 それとは似合わないプラチナブロンドの髪は蛍光灯の光を受けて燐光を放ち、無機的な美を醸し出している。

 「あのさ」

 言葉に詰まったガガに対し、クルミは籠を置くと手でテーブルの上を指した。

 「手伝ってくれると嬉しいんだけど」

 遠慮の無い相手の言い方と、逆らい難い笑顔に後押しされてガガは頷いた。

 手伝いながらちょっとずつミス・シンデレラの事を聞いて行こうと、内心画策する。

 「皿を集めて重ねといてくれる? 10枚ずつくらいね。そいから残りモンとゴミはこん中に」

 青いエプロンのポケットから取り出したゴミ袋を彼に投げ渡すと、クルミは籠を抱えて部屋を出て行った。

  ガガが言われた通りに皿を集めていると、クルミは忙しない足取りですぐに戻ってきた。籠の中は空っぽになっている。

 どこかに台所があって、そこに皿を置いて舞い戻ってきたのだろう。

 「えーと…ミス・シンデレラは?」

 「?」

 ガガの集めた皿を籠に入れようとしていたクルミが、ガガの遠慮しがちな声にふと顔を上げる。

 「ミス・シンデレラに相談したい事があって来たんだ」

 「兄貴に?」

 今度はクルミの言葉にガガが眉根を寄せた。兄貴?

 ミス・シンデレラが外国人という事はないだろう。ガガの疑問を他所に、クルミは手を休めて言葉を続けた。

 「何でさっき話さなかったの?」

 「えーっと…うん。ちょっと、チャンスがなくって…」

 ガガは人と話すのは苦手だが、女の子と話すのはある種の恥かしさが混ざってもっと苦手だ。

 支離滅裂な事を口走ってしまわないように上がる体を抑え、慎重を規して言葉を選ぶ。

 何時の間にか手は自分のジャンパーの袖を掴んでいた。

 「飲みに行っちゃったからなー。今日は帰ってこないよ多分」

 「えっ」

  固まるガガを見て今度はクルミが彼を哀れに思った。

 「そんな顔しないでよ」

 溜息をつくとクルミは休めていた手を動かし、籠に皿を積み始める。

 「手伝ってくれるんなら、今日ここに泊めたげてもいいよ」

 「本当に?」

 顔を上げたガガが聞き返すと、彼女は悪戯っぽく微笑んで籠を持ち上げた。

 「今日はこのビルにはアタシら以外誰もいないの。…ま、あんたなら何かしてきたって絶対素手で勝てそうだし」

 ガガはしばらくクルミの残したその言葉の意味を考えていたが、理解が及ぶと同時に顔から火が出そうになった。



  クルミから聞いた話によれば、このビル一つが全部ミス・シンデレラと彼女の家と仕事場を兼ねているのだと言う。

 そしてミス・シンデレラをリーダーするハッカー集団のチーム(本人は会社と言い張る)『ミッドナイトパンプキン』の基地でもある。

 今日は全員出払っており、後片付けの後にガガが通された部屋は、一階にある10畳ほどの和室だった。

 日に焼けた畳の上には食べかけの菓子やコンビニ食品などの包装紙が散乱している。

 それらを拾ってゴミ箱に突っ込んでからタンスから出した布団を敷き、ヒーターを入れるともう何もする事がなくなった。

 クルミが貸してくれた浴衣を着ると(どうやらミス・シンデレラのものらしく、丈が長過ぎて爪先から30cmほど余った)、布団の上に座って

 しばし呆然とする。

 妙な感覚だった。

 一日の内に色んな事がありすぎて疲労が体に染み込んでいるのに、何だか心がふわふわして落ち着かない。

 学校はサボってしまったし、家では帰らない自分を心配して家族が警察に通報しているかも知れない。

 だけどこの高揚感は何なんだろう。

  折畳式のちゃぶ台の上には、誰のものなのかノートパソコン一式が置かれていた。

 それで思い出し、ふと右の手の甲に書かれたメールアドレスに眼をやる。

 あの誰かはこれがクドリャフカのメールアドレスだと言っていた。

 しかしそれは本当の事なのだろうか? もしかしてあれはシスター・ヴェノムで、自分は騙されているのかも知れない。

 だが悩んでいても仕方ないだろう。

  眼を閉じて意識を集中させ、脳内のダイバーフォンを起動させる。

 メールアドレスを口に出して入力し、内容を口にしようとした瞬間ガガは言葉に詰まった。

 途端に胸がドキドキしてくる。何を言っていいかわからない。

 自分の声がメールに添付されて彼女の元に届くと思うと、それだけでもう何も言葉にできなくなる。

 「えーっと…えーと」

 言う事をまとめてメモしておけばよかったな。

 やっぱりもう一度内容を考えてからやり直そうかとも思ったが、ガガは無理に続けた。

 「こんにちは。初めまして…えーと…ガガって言います。

 あーそのー…『シスター・マリア』のファンです。いつも聞いてます」

 半ば緊張でガガはパニックを起こしていた。

 詰まる言葉を懸命に繋げ、何とかファンレターの形に遂げようと努力を続ける。

 「クドリャフカさんの歌を聞いてると、元気が出てくるんです。

 …そのー…この歌に感動してる人とか、僕以外にもどっかの町のどこかにいると思うと…何か。

 嬉しくって…」

  窓の外にはスモッグで淀んだ空気にもめげず、青く輝く月が見えた。

 今この瞬間、この世界のどこかでクドリャフカもあの月を見ているのだろうか?

 「シスター・マリアの再開、楽しみにしてます。じゃあ」

 そこで言葉を切ると、音声入力を終了する。

 緊張が解けてたった数十秒間の事なのに、どっと疲れが押し寄せてきた。

 やはり削除して最初からやり直そうかと思ったが、そのまま送信する。

 色々な不安や期待が彼の脳裏を渦巻いたが、もう後悔しても遅い。

 彼の声はクドリャフカに向けて飛び立っていってしまったのだ。

 タイマーでヒーターが切れるようにすると、明かりを消して布団に潜り込む。

 まだ十時を回ったところだったが、ガガは気絶するように眠りに落ちていった。



  翌日の昼近く、起きてきたばかりのミス・シンデレラは食卓にて青ざめた顔でこみ上げてくる嘔吐感に耐えていた。

 パーティが行われたとのは別の部屋で、すぐ隣に流し台があるキッチンと同じ部屋だ。

 兄妹だけで食事をする場合はこの部屋を使っていた。

  彼お気に入りの黄色の地にたくさんの緑の渦巻き模様が入ったパジャマで、ナイトキャップもそのままに唸っている兄をクルミは心底

 呆れたような顔で眺めた。

 「バッカじゃないの?」

 「そう言うな、妹よ」

 クルミが乱暴に置いた、コーラの注がれたコップを手に呻くようにミス・シンデレラが答える。

 二日酔いの朝は胃薬をこれで飲み下すに限る。コーラを飲み干すと手で口元を拭い、彼は目頭を抑えた。

 クルミは台所で昼食の用意をしている。

 「食べないでしょ?」

 「あー。いや、食うよ。それより客って誰だ?」

  漂ってくるスパゲティの香りからはそう魅力を感じなかったが、無理矢理にでも食っておかないと今日一日持たないだろう。

 食事やほとんどの家事は給料付きでクルミがやる事になっていた。

 「ガガ君」

 目元から手を退けると、ミス・シンデレラは柳眉を寄せて妹を見た。

 「ガガ?」

 「背が低くって、なんか暗げな」

 「いや、覚えてるよ。何の用だって?」

 「知らないよ、何か相談があるって。それより昨日の後始末の給料」

 「後でいいだろ」

 投げやりに彼女が差し出した手を見ると、ミス・シンデレラは考えを巡らせ始めていた。

  ふと、ガガがひょいとキッチンのドアの隙間から顔を出す。

 テーブルについていたミス・シンデレラがそれに気づき、青ざめた顔のまま手招きする。

 「やあ、おはよう。眠れたかな?」

 遠慮しがちに入ってきたガガが頷くと、ミス・シンデレラは何とか笑みを作って見せた。

 「もう昼でしょ。ガガ君はちゃんと朝起きてたの」

 ガガは朝起きてクルミに朝食をご馳走になっている。

 クルミは色々と話し掛けたが、ガガは相槌を打つ以外はやはりあまり話さなかった。

 同世代の女の子となど何を話していいか全然わからない。

 「わかったからそう口を尖らせるな。ま、座って」

 小言を言う妹の言葉を受け流し、ミス・シンデレラはガガに自分の向かい側の椅子を勧めた。

 他所の家の食卓というのはどうにも緊張する。ガガはそっと椅子を引いた。

 「やあ、まったくもって奇遇だ。チャットでは毎晩のように話し込んだもんだが、こうして話すのは初めてだな」

 「はい」

 コーラのペットボトルを額に当てて氷嚢代わりにしていたミス・シンデレラが、ガガの態度に眼を丸くする。

 「『はい』? どうした、敬語なんか使って。歳ならそう気にするな」

 「兄さんだって子供みたいなモンだから」

 「やかましい。ところで何か相談があるとか?」

  ガガが返事を送る前にクルミが出来上がったスパゲティを皿に三つに盛り分け、テーブルの上に置く。

 ミス・シンデレラが粉チーズを振り掛けている間に、ガガが答えた。

 「『クドリャフカ』って知ってる? シスター・マリアっていうダイバーラジオのDJだったんだけど」

 「いや…知らんが」

 そう否定されてガガはどこからどう説明していいかわからなかった。

 ミス・シンデレラとは累計で何百時間とチャットで話したが、やはりガガは人と面向かって話すのが苦手だ。

  ガガが手を合わせて『あ、頂きます』とクルミに言っていると、ミス・シンデレラはポケットから掌程度の大きさの携帯端末を取り出した。

 フォークで麺を巻きながら隣に座っていたクルミのポケットに勝手に手を突っ込み、彼女の同じ型の携帯端末を失敬する。

 「ちょっと、何すんの」

 「借りるぞ」

 二つを開いて電源を入れ、手早く操作をすると自分の所有していた方をガガに渡す。

 彼が訳もわからないまま受け取ると、ミス・シンデレラは麺を口に運びながら自分の端末のキーをカタカタと叩き始めた。

 ガガが受け取った端末のモニタの中ではチャットの画面が展開している。

 ミス・シンデレラはすでに入室していた。

 『ミス・シンデレラ > こっちのが話しやすいだろ?>ガガ』

 思わず笑いを漏らしながらガガも同じように入室する。彼にとってミス・シンデレラは今までに見た事のないタイプの人間だった。

  ガガはすべての事柄を包み隠さず話した。

 家を出てラブホテルからダイバーバード社にハッキングをかけ、シスター・ヴェノムとの出会いまでを話した時だった。

 「ちょっと待て。ちょっと待て」

 ミス・シンデレラはこみ上げてくる昂ぶりを抑えるかのように、ガガと自分に口で言い聞かせた。

 「君ァあれか、サイバーダイヴ能力者か!?」

 机に勢い良く両手を乗せてテーブルに身を乗り出しながら、向かいのガガに迫る。

 テーブルが揺れて紅茶が跳ね、クルミが嫌そうな顔をしたが彼は気づいていない。

 「そう…だけど」

 ガガも思わず肉声で返事をする。

 彼としては初めてサイバーダイヴ能力について知っている人間に出会った。

 ミス・シンデレラに色々詳しく聞きたかったが、今彼はそれどころではないらしい。

 「何てこった!」

  びびりながら答えたガガに対して、片手で頭を押えると信じられないとでも言いたげにミス・シンデレラは言葉を詰まらせた。

 頭の中から音を立てて酔いが引いてゆく。

 「ずーっと探してたんだよ、ネットにダイビングできる人間を! 是非ともウチのチームに入ってくれ、給料は出す!」

 しばらく感極まった相手の様子を見ていたガガは、口でなくキーボードを叩いて答えを返した。

 『ガガ > クドリャフカを助けるのに協力してくれるんなら』



  事情の説明と食事を終えた後に、一気に二日酔いから覚めたミス・シンデレラは一度着替えに戻った。

 戻ってきた彼は背に派手な龍の刺繍が入った黒の背広に着替えており、背の高い体形にぴったりと似合っている。

 キッチンから別の部屋に向かう途中、足の長さの差から小走りについてくるガガにミス・シンデレラは肩越しに話し掛けた。

 「わかっているのはメアド(メールアドレス)とダイバーラジオのHCのアドレスだけか。

 サーバーから侵入しようとしたらカウンタープログラムが発動したんだな?」

 「うん」

 「一応そっちからも探っては見るが、もうそこは引き払ってるかも知れん。

 …うーん」

 唸り声を挟むとミス・シンデレラは片手を自分の顎にやる。

 「クドリャフカ…クドリャフカ…あれ、どっかで聞いた気がする…」

 独り言のようにぶつぶつ呟くと、彼はエレベーターのスイッチを押した。

 「『クドリャフカだけは手に入らなかった』…誰かが…確かそんな事を言ってたような…」



  ガガとミス・シンデレラが到着した部屋はビルの三階にあった。

 並べられたスチールの机の上にそれぞれ持ち主の個性を感じさせる、機種の異なるパソコンが乗っており、どこかの会社のようだ。

 部屋にはパソコンがある部屋特有の、無機質な機械の匂いが立ち込めている。

 先客は二人ばかりの若者で、机についてパソコンと向き合っており、ミス・シンデレラが姿を現すと軽く挨拶を送った。

 雑然としたその部屋の中を歩いて行くと、ミス・シンデレラは『社長』という札の下りている一番奥の机に腰を降ろした。

 散乱している書類やCDなどを押し退け、パソコンを起動させる。

 「社員は後十人ばかりいるんだがな。あいつらは夕方にならないと起きないんだ」

 ガガの為にパイプ椅子を組み立てると、そう彼に苦笑するように言って今度は部屋の中に向き直った。

 「ロッコ、『ペリカン文書』を100通ほど出してくれないか?」

 「アイ・サー」

  並べられた机の一つについてパソコンをいじっていた、金髪の男が気だるげな返事をする。歳は二十歳前半という所だろう。

 「範囲と集める情報の内容は?」

 「『クドリャフカ』。言語はいつもの五語で頼む、範囲はとりあえず市内に絞ろう」

 不思議そうな顔をしていたガガに、ミス・シンデレラはにやりと笑って見せた。

 「『ペリカン文書』っていうのは特殊なメール添付ウイルスでな。

 自分んとこのメアドを入れて出すと、インターネット空間を彷徨って入力したデータを掻き集めてきてくれる。

 ま、速いのは今日の夜にでも戻ってくるだろう」

 そう言って腕まくりをし、嬉々として彼はパソコンに向き直った。

 そして見ているだけのガガに思い出したように付け加える。

 パソコンと向き合ったミス・シンデレラは妙に生き生きして見えた。

 「おっと、君にも協力してもらうぞ。ネット空間からできる限りクドリャフカの情報を集めてきてくれ。

 ただしカウンタープログラムや防壁のニオイがする場所は位置だけ覚えておけ、後回しにする」



  それから数時間、ミス・シンデレラはキーを叩き、ガガはネット空間にダイヴしっぱなしだった。

 仕事の合間にミス・シンデレラに聞いた話によれば(現実世界にいる彼はネット空間にいるガガとは電話やメールなどで直接話す事ができる)、

 サイバーダイヴ能力とはダイバーフォンや、日本では違法の大脳改造手術による電脳化などを行った人間に稀に現れるものなのだと言う。

 なんせ実例が少なすぎて、まだこの能力者に対するハッキング対策は何も整っていないらしい。

 ミス・シンデレラ達のチーム『ミッドナイトパンプキン』は主に会社のハッカーに対する防壁の制作のサービスを行っており、自分たちが

 ハッカーの立場になって徹底的にその会社の情報管理の穴を探し、埋めてゆくというのが仕事らしい。

 ガガがメンバーに加わってくれれば完璧だ、とミス・シンデレラは快活に笑った。

  彼が粗方ネット空間での探索を終え、一休みしようと現実世界に戻ってきた時だった。

 パイプ椅子の上でぐったりと天井を仰いでいた肉体に、急に活力がみなぎって動き出す。

 ミッドナイトパンプキンのメンバーの一人がその様子を『ゾンビみたいだよな』と言って笑った。

 メンバー達もそろそろ休息を取ろうとしていたのだろう、みな凝った肩や腰を揉みながらパソコンのスクリーンセーバーを起動させていた。

  モニタの紫外線やチラつき、電磁波などから眼を保護するゴーグルをかけていたミス・シンデレラが、溜息をついて背もたれに体重を預ける。

 表情には徒労感が濃かった。

 「雲を掴むような話だな。尻尾も掴めん」

 腕を組むと口を結んだ彼は、流れるような金髪に包まれた頭部をバリバリ掻く。

  ガガがブラインドの下りた窓の外に眼をやると、すでに夕闇の支配が始まっている。

 部屋の中のミス・シンデレラの物も入れた13の机は、すべて後から出社してきた男たちを含めて埋まっていた。

 皆思い思いの格好に髪型・髪の色をしており、誰も彼も相当に個性的な格好をしている。

 まあ会社とは言えリーダーであるミス・シンデレラがそうだから、彼もあまり服装に関しては細かく言ってないのだろう。

 ガガについて誰も何も質問して来ないところを見ると、彼が潜っている間にメンバーに粗方紹介を済ませてしまったらしい。

 皆自分の仕事に打ち込んでいるようだった。

  ガガが自分の体に戻ったのに気づいたミス・シンデレラが溜息交じりに呟く。

 「収穫は? …その表情を見ると無いっぽいな。あとはペリカン文書が頼りか」

  ガガはもう一度ダイバーバードに侵入して覗いてみたのだが、クドリャフカの情報はすべて引き払われた後だった。

 シスター・ヴェノムが消してしまったのだろうか?

 ミス・シンデレラがゴーグルを外して腕を組んだ時、盆に紅茶とクッキーを乗せたクルミが仕事部屋に入ってきた。

 途端にチームメンバーの面々から野次やからかうような声が上がる。

 「イヨーゥ! クルミちゃん今日も可愛いねえ!」

 「今晩どお? ねえ」

 「愛してるぜぇ!」

  クルミはうんざりしたような顔だった。

 チームの中ではアイドル扱いなのだろうが、本人はあまり快く思っていないらしい。

 口々に愛の言葉を喚き散らすメンバーの中を早足に通り抜けると、彼女は一番奥の兄のいる場所までやってきた。

 パソコンの上に盆を乗せると、礼を言うミス・シンデレラに冷ややかな視線を送る。

 「次からは自分で取りに来てよ」

 「そう言うなって。悪気があって言ってんじゃないんだぞ、みんな」

  メンバーの声を背に受けて去って行った妹を見送ると、机に降ろした盆のティーポットを取って涼しげな花のような良い香りのするお茶を

 カップに注ぎ、ガガに渡す。
                                              ホームチャンネル
 「うーん…役所の登録も全部さらった。実を言うと君の言うシスター・マリアの H C の登録者は見つかったんだが…」

 「えっ?」

 礼を言ってカップに口をつけようとしたガガが顔を上げる。

 「ダイバーシティ社にちょこっとお邪魔して入会者情報を見たんだ。

 ところがそこの情報と役所の国民登録が一致してないんだ。コレはつまりどういうことか?

 でっち上げなのさ。クドリャフカは誰かの情報を利用し、その誰かになり切ってダイバーバードに登録したんだ」

 自分のカップにお茶を注ぐと、更に乗っていた香草入りのクッキーを一つ手に取って齧る。

 ガガも一枚摘んだのを見届けると、ミス・シンデレラは盆ごとそれをパソコンの上に置いた。

 「当の本人が誰なのかはわからず終い。よっぽど切れ者なのか、或いは…」

 室内のメンバーがクッキーの香りに寄せられて社長席に集まってくると、それぞれクッキーを手に取って食べ始めた。

 彼らが口々に味の感想を言う中、ミス・シンデレラだけが顎を撫でながらまるで砂でも噛み締めているみたいな顔をしていた。

 「ガガ、君と同じ能力の持ち主なのか、だな」

 それで言葉を切ると、彼はまたさっきと同じ悩み事の迷宮に入ったようだった。

 「しかしクドリャフカ…クドリャフカ。『クドリャフカだけが手に入らなかった』…誰のセリフだったかなあ?」

 ガガとしてはミス・シンデレラに何が何でも思い出してもらいたい内容だった。

 眉を寄せて記憶の蘇生を試みる彼を、ガガは固唾を飲んで見守る。

 最初、眼を閉じて腕を組んだミス・シンデレラの表情は石膏で固めたようだった。

 メンバーの面々が休息を楽しんでいる間に、髪の毛を真っ青に染めた男が寝癖が付いたままである事を仲間に笑われていた。

 「角みてえ」

 冗談交じりにそんな言葉が飛び交う。

 その言葉を聞いた瞬間、突然ミス・シンデレラの眉が跳ね上がった。

 「角だと?!」

 椅子を蹴る音と同時に突然降って湧いた彼の叫び声に、その隣のガガと身を竦ませたメンバーらがそちらに視線を注ぐ。

 「ど…どうかした? 社長」

 当の青い髪の本人が恐る恐る聞き返すと、ミス・シンデレラは片手を振り回しながら怒鳴り返した。

 「思い出した! 『マダム・ホーンヘッド』だ!」
  マダム・ホーンヘッド
 「『角 頭 婦 人』?」

 聞き帰したガガをはるかな高みから半ば狂気じみた瞳で見下ろすと、小さく頷いてから彼が続ける。

 「彼女だ、彼女の自慢話の中に『クドリャフカ』の名があった! そーだそーだ、何で思い出せなかったんだろう。

 逢えばきっと…」

 そこまで言い終えた彼の表情が見る見る翳り、やがてドサッと椅子に腰を降ろした。

 まるですくすくと成長した若木が一気に枯れて倒れてしまう様を見ているようだ。

 「あの女に逢うのか…」

 呟いてミス・シンデレラは天国から真っ逆さまに地の底へ落ちてゆくような顔をし、頭を抱える。

 いつも社長はこんな調子なのか、ガガを除くメンバーはすでにクッキーを貪る作業に戻っていた。



  その日の内にアポイントメントを取ると、翌日、チームのメンバーにペリカン文書のチェックを任せてガガとミス・シンデレラは市内を車で

 移動していた。

 もちろん今日は平日で、道路を行く他の車の数も多い。

 高層ビルが見下ろす街中を縫うようにして車は走り、ミス・シンデレラはげっそりとした表情でハンドルを握っている。

 昨日は眠れなかったのだろう、眼の下にはクマができていた。

  彼の駆る車は恐ろしくタイヤの大きい真っ黒なオフロード四駆で、アクセルを踏み込みすぎたら前の車を踏み潰しかねない。

 車の両側には紫色の炎がペイントされてあり、おなじみのミッドナイトパンプキンのロゴも入っていた。

 線の細い耽美な魅力を持つミス・シンデレラとはかけ離れた荒々しい車だったが、こうして助手席で運転する様を見ていると何故か彼と

 マッチしているようにガガには思えた。

 そう言えばタクシーとバスを除いて親以外の大人が運転する車に乗るのは初めてだ。

 「そんなにイヤだったら…」

 信号待ちの間のミス・シンデレラのあまりの表情の浮かなさに、ガガは遠慮しがちに声をかけた。

 彼はまるでこのまま永久に赤信号が続いてくれと願っているようだ。

 「いや…手がかりと言えば彼女しかないんだ。クドリャフカを助けるのがウチに入る条件なんだろ? 付き合うさ」

 無理矢理痛々しい笑顔を作って見せ、彼は無情にも変わった青信号に呪いをかけながらアクセルを踏み込んだ。

 今日のミス・シンデレラの服装は中華風で、白の縁取りがされた真っ黒な中国礼服に身を包んでいる。

 背には円を描く炎の刺繍があった。

 「その人が嫌いなの?」

 「いや…人間性はそうでも。ただちょっと趣味が…」

 苦虫を噛み潰したような顔になる所を見ると、よほどその相手とは趣味が合わないのだろう。

 もうしばらく道路を走る事20分、遂に二人はマダム・ホーンヘッドの住まうさる高級マンションの隣の駐車場まで来ていた。

 ガガの胸は早くも高鳴っていた。



















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