プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






ベリーベリースイートナイトメア

1.プリズム


 久し振りに見る町は賑やかだった。

 車の窓ごしに流れていく11月の朝の町の風景はなんとも情緒溢れるものだ。

 枯葉が舞う中、クリスマスが近いせいか道行く人々の顔も嬉しそうに見えるのは私の近視が進んだせいか?
  べにお
 「紅緒君。町は賑やかだな」

 自分のいる後部座席からは前方の運転席の不肖の助手・紅緒の鮮やかな赤に染めた髪の頭が見える。

 「今回はどれくらいカンヅメになっていたんです? ギネスにでも挑戦なさるつもりですか」

 運転席から彼女独特の、ややハスキー気味の声が返ってくる。

 「一ヶ月…いや、一ヶ月と半月か。社の地下研究施設でな」

 そういえば27回目の誕生日も地下で迎えたんだったな。ま、その日も終日仕事をしてたが。

 クリーニングから帰ってきたばかりの背広の着心地も悪くなかったし、トランクには新調したての白衣も入っている。

 私の明晰な頭脳はいつもながらの冴え渡りを見せている、これ以上ないというくらい完璧なコンディションで仕事先へ向かえるワケだ。



 ネク ホワリー
 錬・花李といえばそれなりに有名な名前だと私は自負している。

 世界が終わるとかでドールズってのを政府が発行してるだろう? アレの人工脳は私が開発の総指揮をした。

 ま、有能なスタッフのおかげでもあるが人工脳の分野にかけては私は世界一と言っても過言ではなかろう。

 先日開発に5年近くかけたそれを完成させ、私は社の地下実験室から久し振りに地上へ出た。

 自宅の冷蔵庫の中身の大半が原型を留めていなかったのと仕掛けておいたゴキブリ用トラップに二桁近い例のアレがかかっていた事を

 除けば地上は気分のいいものだった。風は爽やかだしこの開放感はどうだ?

 しかしのんびりもしていられない。

 社からただちにある病院へ向かうように出向の命令を受けたからだ。

 ま、どうせ私は休暇も自分独自の研究に費やすつもりだったし、今更休みがなくなったからといってどうって事もないがね。

 仕事が楽しみなら人生は天国だと先人はよく言ったものだな。



 「で。例のドールズの評判は?」

 私はできるだけ今気がついたように言ってみた。実はずっと気になっていたのだがこのネクが相手の返事に期待してドキドキするなどと

 いうのはあまり格好の良いものではない。

 「まあ悪くはないようですが」

 「ふむ。そうか」

 もう少し細かい点を聞きたかったが彼女は自分のドールズはもっていないと言っていた。

 まあそのうち社からレポートが届くだろう。

 窓から視線をバックミラーに移すと、そこに映っている紅緒の細い猫のような目を見ながら私は気になっていたもう一つの質問を務めて

 冷静に口にした。

 「君の例のクセは?治ったかね」

 「…ええ。おかげさまで」

 変な間が開いた。紅緒は嘘をつくのが下手だ、すぐ顔に出る。

 「…だからお前は不肖だと言うんだ」

 心の内を見透かされたのか、紅緒は郊外の道路を抜けて病院につくまで黙りこくったままだった。



 車を降りるとすぐに冷たい空気がピリピリ顔を刺激した。背広の襟を掴んで着衣を正し、車のバックミラーを覗き込んで髪に手をやる。

 ふむ。一部の隙もないオールバックだ。

 隈ができているせいでよくない目つきがさらに良くなく見えるがまあ仕方あるまい。あまり寝てないしな。

 先方とて求めているのは私の働きであって容姿ではなかろう。

 「大きな病院ですねえ」

 ヒューと口笛を漏らしながら運転席から紅緒が降りた。

 身長177cm前後、私に迫る身長の手足が長いモデル体形の、まあ私の個人的観点から言わせてもらえば美女だ。

 柔らかに赤に染めたショートヘアも似合っている。何でも社の独身男の中では最も人気のある女性社員らしいな。

 顔は若干キツそうだが性格はかなりふわふわしている。不肖だ。

 トランクを開いて荷物を取り出している間、背に刺さる視線に気づいて振り返ると紅緒がじっと私の背を凝視している。

 私が不思議に思って視線を噛み合わせると何の遠慮もなしに紅緒は言った。

 「相変わらず痩せてますねえ」

 「肥満よりマシだ」

 言い返したが私は少しだけ傷ついた。

 それはまあ運動不足になりがちなこの職場で健康的な体形を保つには並々ならぬ努力が必要だろうが私はその時間も惜しいのだ。

 紅緒は口の端を持ち上げて笑った。

 その顔の白い皮膚に走るいくつかの赤茶色のラインは、もう少し近寄れば見れる筈だ。

 よくわからんが多分ブランドものとか言う黒のスーツから覗く細い指もじっと凝視すればそのラインが見えるだろう。

 皮膚を縫い合わせた後である。彼女がミス・フランケンシュタインなどと言う不名誉なあだ名で呼ばれる所以だ。

 実際かの怪物・フランケンシュタインに見えん事もないが、実はこの名で呼ばれる理由はもう一つある。



                              いときり
 「やあこれはわざわざ遠いところを。私、院長の糸切です」

 その病院、神薙総合病院の職員用入り口で荷物を手にした私達を向かえてくれたのは白衣を着た一人の中年の男だった。

 「ネク・ホワリーです。こっちが助手の…」

 「中宮紅緒です」

 紅緒がにっこり笑って見せる。

 「早速白衣と職員カードをお持ちしますので…」

 私は手にしていたアタッシュケースを見せた。

 「白衣は持参しているので結構。ところで患者というのを見せて頂きたい」



 自前の白衣を着、紅緒にアタッシュケースを預けに行かせている間、私は院長に警告をしておく事にした。

 「紅緒君の事ですがね」

 「は。助手の方ですか」

 外来患者で埋め尽くされている待合室で私は院長に向き直った。

 30代後半といったところだろうか? その年で院長とはかなりのやり手なのだろう。

 「美人でしょう?」

 「え? ええ、いやまったく」

 私のいきなりの言葉に糸切は汗を拭いながら答える。

 妙に萎縮しているようだ、まあ私はこの病院のスポンサーであるオシリス・クロニクル社でも高い評価を受けているから当然だな。

 ふふん。

 私は口の横に手を持ってきて声が漏れないようにすると相手に囁きかけた。

 「彼女はああ見えてアレが好きでしてね」

 「ア…アレと申しますと?」

 糸切は困惑した顔で聞き返す。そりゃそうだ。私だってこんな事言われたら理解できん。

 言い方が悪かったな。

 「ソレだよ、つまりナニだ」

 まったく変わっとらんような気もするが院長には何の事だか何となくわかったようだ。小さく頷いたからな。

 「いいですかね。彼女に誘われても絶対手を出さないように。指一本触れてもダメだ」

 「そ、そんな、別に私はそういうつもりは…」

 しどろもどろになって答えるあたりを見ると先ほどの紅緒の笑みに脳を焼かれたようだ。

 そういえばあの女が男を誘う時の甘ったるい笑みだったような気がせんでもないな。

 ほんとにあのクセが治ってないのか、不肖め。

 「私が今言った事を決して忘れないように。もし忘れたらしたら感電死しますよ」

 預かり所から戻ってきた紅緒に向き直りながら、私は院長に最終忠告をした。

 「感電死ですからね。覚えておいて下さい」



 病院と言うのは気分が落ち着くものだ。

 白い壁に、充満する消毒のニオイ。何よりこの独特の雰囲気がいい。

 ただし慌しく動き回る看護婦や医者はここにはいない。

 ドールズ用に改装された、隔離病棟の一階を私達三人は歩いていた。



 ハッピーエンド・ドールズ。

 あと30日間で世界が終わるとやらで日本政府が開発した人造人間の事で、まあ悪く言えば自我を持つダッチワイフだな。

 役所で申し込めば容姿・性格ともに好きなように作れるそうだ。

 マテリアルと呼ばれるクローン培養されたドールズをちょいちょいとカスタムしてな。

 こいつの脳の開発には10年はかかるといわれるところを私は五年で済ませた。

 ま、天才の成せる技だな。ふふん。

 でまあ当然ドールズどもも壊れたり病気になったりはするな。

 そういった連中専門の医師も僅かだが存在し、この神薙総合病院もその『人形医』が存在する数少ない病院ってワケだ。



 通常一般患者とドールズは区分されて治療を受けたり入院したりする。

 何でかと言えばまあ、ドールズの体の構造は人間とは若干異なる。

 自分の隣のベッドで寝てるヤツが人間以外の何かだとしたらまあ…ちょっと怖いだろう。

 それにドールズの治療に使う器具も人間とは少々異なるからな、能率からしても区分するのは当然の帰結だろう。

 そんなワケでこの隔離病棟の一部が改装されてドールズの専用になったものと思われる。

 通り過ぎ際覗いた病室はどれも空のものが多い。ま、世の中の考え方でいけば病院は繁盛しないに越した事はないがな。

 やがて一番奥の突き当たりの個人病室に私達は行きついた。

 入患表札は『プリズム』と書かれていた。



 日当たりのいい八畳ほどの広い病室のベッドに彼女はその細身を横たえていた。

 よく見るとキッチンやクローゼットもある。元は金持ち専用の病室だったんだろう。

 ふとすれば手折れてしまいそうなか細く儚げな少女の真っ先に眼についたのはその髪の色だ。

 鮮やかな流れるような蛍光系のピンク色の髪を一つに編み、自分の胸の上に置いていた。

 黒目がちの瞳と固まった紙粘土のような異様な白さの肌と見合って、人形のような美貌を持つ19歳の少女だった。

 ただし頬は落ち、愛らしい睫の下には私に負けないくらいのひどい隈ができている。

 彼女は私達が入室すると虚ろな瞳をわずかにこちらへと向けた。得体の知れない客に対する警戒などが働いているのだろうか?

 しかしその仮面のような表情からは何ら感情が読み取れない。

 糸切は私にカルテを渡すと、説明を始めた。

 「名前は『プリズム』。マテリアルタイプは『RICO』、設定年齢は19歳です。他の色々と細かい事はそちらのカルテをご覧下さい。

 町を放浪してましてね、『保健所』の連中がひっ捕まえて処分する手はずだったんですが…」



 以下の糸切の話を総合するとこうだ。

 別段何の抵抗も見せずに捕獲されたが、彼女の製造ナンバー・認識コードともに調べても元の持ち主は判明しなかった。

 所有者がわからないというのはザ・ショップ絡みのドールズではよくある事らしい。

 おっと、説明が足りなかったな。

 まず『保健所』というものから説明していこう。

 保健所といっても正規の保健所ではなく、通称がそうなだけで別にネズミの駆除などをしているワケではない。

 先ほど言ったとおりすべてのドールズは我が社オシリス・クロニクル社が手がけており、あー言ってなかったかな?

 まあとにかくそういうワケだ。

 しかし中には元の持ち主の暴虐に耐え切れず逃走を計ったり捨てられたりするドールズがいないワケでもないのだ。

 そういった連中は同時にオシリス・クロニクル社の部隊、通称『保健所』が実力行使にて回収を行っている。

 捕まえて元の持ち主がいれば送り返すし、抵抗すれば即刻射殺する。

 あまりスマートではないがね。まあ人間以上の力を持つドールズが相手だ、仕方の無い事だ。

 ザ・ショップというのはドールズの改造や斡旋などを行う現代の奴隷商人のような事をする地下組織の事だ。

 社の上の連中もずいぶん頭を悩ませているらしいな。



 糸切の話に戻そう。

 プリズムはそのまま処分される筈だった。

 処分というのはまあ、薬物でドールズを機能停止させて(殺して)焼却するんだが。

 何でも処分を担当していたすべての人間が消えたらしい。

 突然失踪したのだ。

 別の人間が変わって行おうとしたがやはり消え、といっても別に煙のように消えるところを見た人間は誰もいないのだが。

 いつまで経っても処分が実行されないので不審に思った社員が見に行ったところ、焼却炉の前でうずくまっているプリズムを残して

 全員がいずこへともなく消えていたという。

 関わった人間がすべて消えるという、この不気味な一人の少女を持て余した社はこの病院へと送ったらしい。

 彼女に関わった故かあるいは彼女に消されたかは定かでないが、今のところ実に22人の人間が行方知れずになっているとか。



 「彼女が食べてしまったとか?」

 私の肩越しにカルテを覗いていた紅緒が口を挟む。

 「本気で言ってるのなら解雇するぞ」

 「じゃあ先生はどうお考えで?」

 逆に紅緒に聞かれて私は言葉に詰まった。

 「超心理学的な何かが働いているのかも知れんな」

 と、とりあえず言っておいた。そもそもそれがわかっているなら私が呼ばれた意味がないではないか。

 不意に部屋に数人の医師と看護婦が移動式の簡易ベッドを運んでやってきた。

 医師と看護婦達は私たちを押し退けるとプリズムを簡易ベッドに移そうと、彼女にかかっていた毛布を剥ぎ取った。

 毛布の下から現れたプリズムのか細い手足は、四つともすべて隙間なく包帯で巻かれていた。

 「これから手術なのですよ。手足の移植です」

 糸切は運ばれていったプリズムを見送りながら言う。

 「彼女の口からわかった事なのですがね、彼女の元の持ち主は相当イカれているヤツだったらしい」

 彼は私に向き直ると自分の手首に触れながら強張った声を出した

 「プリズムは保護された時、手足のそこらじゅうに100個近くの…親指くらいの太さのボルトをねじ込まれていた。

 四肢だけじゃない。右目・性器・乳房に後頭部にも数十個ずつ。筋肉・神経系統ともにグチャグチャです。」

















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