プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






クレイジーハートブレイカー

2.アンダーガード


  どうやら銃声でパニックを起こしたらしい、残された少年ら二人はあらゆる判断を捨てて蝶姐らの方へと猛然と床を蹴った。

 恐らく混乱しながらも彼女とハヤシバラの二人は銃を持っていないと思ったのだろう、突破口を開くべく一人は奇声を上げながら手の中に

 隠し持っていたチタン製の筒を一振りした。

 中に収められていた中味が伸び、伸縮式の特殊警棒は30cmほどの長さとなって空を切る。

 「あんたケンカは?」

 相手に対し無防備に両手を垂らしたまま、しかし視線は一瞬も少年ら二人から離さず蝶姐が背後のハヤシバラに聞く。

 「自慢じゃないけど子供に負ける自信があります」

 彼は暴力沙汰は本当にダメらしく、早くも逃げ腰になってイワノフの影に隠れている。

 何でこんなのがウチのチームに入ったんだろうと疑問に思いつつ、蝶姐は自分を得物の射程範囲内に捕えた相手の行動を見守っていた。

 勢いに任せて頭から殴り倒す気だろう、走りながら少年の右腕が上段へ振り上がる。

 鉄仮面のような無表情を張り付かせたまま、蝶姐はふと髪を払うように何気ない仕草で左腕を上げた。

 体重とスピードを乗せればこの一撃は素手で防御できるものではない。内心己の作戦の成功を確信し腕ごと折る気で少年は全力を込めて

 警棒を振り下ろす。

 狭い地下道に響いたバキンという甲高い音を彼は最初相手の骨が砕けた音と思った。

 しかし少年の目の前では期待に反して状況は何も変わっていない。蝶姐は相変わらず涼しい顔で右腕を持ち上げたまま平然と立っている。

 彼は中ほどから枯れ枝のように切断された警棒の先端が床を転がる乾いた音を聞いた。

 グリップを握った腕だけが振り抜けて空を裂く。

 特に彼女が何か動いた形跡はない、素手で防いだのも無理をすれば理解できる、しかしチタン製の警棒を切断した手段とは?

  何が起こったか理解できないままの相手の髪を片手で掴んで固定すると、蝶姐はその鼻っ柱に膝を突き出した。

 膝に伝わってくる相手の鼻の骨が折れる感触に僅かに眉をひそめ、手を離して後は彼が倒れるに任せる。

 蝶姐が残りに構えるより早く再び響いた銃声に一瞬遅れ、後続のもう一人がもんどりうって突っ込んできた。

 彼のジャンパーの背中側には十文字に開いたゴム弾が食い込んでいる。

 「イエー!」

 命中に気を良くした紫陽花が西部劇の真似をして、手の中の拳銃に指を引っ掛けくるくると回して見せた。

 そのまま格好良くレッグホルスターに滑り込ませ、一人ガッツポーズを決める。

 「外したら俺らに当たるじゃないすか!」

 憮然として彼女の暴挙に抗議したハヤシバラに、蝶姐が拾い上げた少年の一人の足を押し付けた。

 「あの娘は100mくらいまでなら絶対外さないよ。冗談抜きに蚊だって撃ち落とせる」






  人目もはばからずそれぞれが担ぐなり引きずるなりして人質を持ち帰った三人を、二人の男が出迎えてくれた。

 場所は『アイアンメイデン』と言う名の喫茶店、彼らのチーム・アンダーガードが根城にしている場所である。

 チームと言っても彼らは犯罪地下組織ザ・ショップに正式に属する正規のチームで、人材もそれなりに優秀な面々が揃っている。

 店内は小奇麗に片付いているがコンクリートや鉄材など無機質なもので統一されたデザインになっており、どこか薄ら寒い雰囲気だ。

 四つほどのテーブルと奥にカウンターに隔たれたキッチンがあり、客は常に一人もいない。扉も『準備中』の札がかかったままになっている。

  そんな中、部下が持ち帰ってきた少年たちを一通り見回して頷いていた車椅子の男が口を開いた。

 三十代中盤と言ったところだろう、アルマーニの背広の上下に黒のロングコートを羽織りストレートの黒髪を顔にかかるままにしている。

 全端的に漂う緊張感を踏まえても多分誰が見たってわかるほどにわかりやすい。ヤクザだ。

 「ご苦労」

 頬に走る大きな傷跡を撫でながらそれだけ言って男は転身した。

 そのまま街へと消えた一匹を残し、蝶姐たちについてきた二匹のサイボーグ犬が彼に従うようにその後を追う。

  彼はアンダーガードのリーダーで『犬飼』とか『旦那』と呼ばれているが本名は誰も知らない。

 ザ・ショップの四本柱と呼ばれる組織の一つ、今なお強い勢力を誇るヤクザ達の総本山である百狼会から栄転してきた男だが、彼が

 今の自分の地位を快く思っていない事をチームの全員が知っている。

 (何らかの理由で作った)足の傷が原因でこんなとこくんだりまで飛ばされてきたとよく愚痴をこぼしているからだ。

 彼の歯にはちょっとした細工がしてあり、発せられる声に微妙な音階を混ぜる事でサイボーグ犬を自在に操る。

 これは他人に犬を逆用されない為の用心で犬たちは決して犬飼以外の人間の言う事は聞かない。

 先ほどの部下たちとネヴァーエンズの連中との展開は監視カメラからの映像で把握している、犬たちはそれぞれ通信機を体内に

 内臓しており体の自由が利かない犬飼の命令をその手足となって忠実にこなす。

 「アタッシュケースの情報は吐いたか」

  カウンターについて飲みかけのコーヒーに手を伸ばしながら、犬の頭に手を置いた犬飼が三人に振り向く。

 いつものどこか投げやりのようなその声に答えたのは蝶姐だ。

 「いえ、まだ。これから私がやりますよ」

 「結構。古滝、手伝ってやれ」

 先ほどからずっとテーブルについてパソコンを叩いていた若者が名を呼ばれ、立ち上がる。

 唇の厚い面長の男で、細い目はどこか鴉のような悪知恵の働く印象を与える。

 彼はアンダーガードの作戦参謀を努めており、先ほども挟撃に成功したのは偶然でなく彼が犬飼と共に細かな指示を出していたからだ。

 「何だ、帰ってたのか」

 ガムを噛みながら話し掛けてきた古滝に引きずってきた男を預け、蝶姐はキッチンの奥に声をかけた。

 「ユマ、下に来たらダメだよ」

 「はい」

 エプロン姿の十五歳くらいの銀髪の少年がキッチンの奥から顔を出す。

 あらかじめ予定されて作られたような少女と見間違うばかりの美形だが、まさしくその通り彼は造形物である。

 客の来ないこの喫茶店アイアンメイデンでただ一人店員をこなす、ザ・ショップのある部署から派遣されてきた包娼だ。

 喫茶店の奥から地下室へ一行が進もうとした時、ふと気が付いたように犬飼が顔を上げた。

 「ティエチェ」

 「はい?」

  足を止めて振り返った、一行の最後尾にいた彼女が名を呼ばれて振り返る。

 「ハヤシバラは尋問用にここへ派遣されてきた。ヤツでも無理ならお前の番だぞ、順番は守れ」

 「はーい」

 相手に言葉に少し不満そうに口を尖らせ、返事をしてから蝶姐も奥へと消えた。

 同時にあの貧弱な男に何ができるのかという疑問が胸に湧いて来る。



  喫茶店の下には更に地下室がある。

 すぐ隣に地下鉄が走っており、それが通過するごとに室内は地震のような震動に襲われた。

 しかし各所の照明は充分で、それほど息苦しいという雰囲気はない。

 簡単なベッドなどの家具が置かれている宿直用の部屋もあり、ここは現在ユマが住居として使用している。

 階段を下りて行って右手の扉がその宿直室、左にあるのは別の目的で使われる部屋だ。

  ネヴァーエンズの少年らは手足をそれぞれ二つの手錠で拘束され、そのコンクリートに囲まれた部屋に転がされていた。

 刑事ドラマでよく見る取調室のような雰囲気の場所だ。天井に一つ下がっているだけの裸電球は重苦しく周囲を照らしている。

 部屋にいるのはロングコートを脱いだ蝶姐とハヤシバラの二人で、鋼鉄製の扉の向こう側には古滝が控えていた。

 「俺の出番ですねえ」

 ハヤシバラはようやく活躍を見せる場所が来たとばかりに嬉しそうに笑って見せる。

 張りのある彼の声は美しく、彼の声だけなら惚れたかも知れないと紫陽花は蝶姐に漏らしていた。

 「で、あんた尋問のプロだそうだけど」

 壁に背を預けて腕を組んでいた蝶姐が憮然として口を開く。

 本来ならば口を割らせるのは蝶姐の仕事だからだ。楽しみを横取りされて機嫌を損ねているのである。

 「何でも聞きだせんの? ホントに?」

 「まあ見ていて下さいよ」

  ニット帽を取り去った彼の素顔は何だか人懐っこそうな柔和なものだった。くせのない前髪は目を覆うくらい長い。

 喉を撫でるような仕草をしながら彼は一まとめに縛り上げられている三人に向き直り、声を発した。

 「起きて下さい」

 その一言で死んだように眠っていた彼らが、何か恐ろしいものに気づいたかのようにはっと目を覚ます。

 自分たちの置かれている状況を確認しようとしきりに瞳を動かしながら、怯えたような表情を見せた。

 「ネヴァーエンズの連中だそうですね。俺は暴力は好みじゃあないんで、なるべく平和的に解決する方向で行きましょう。

 三つの質問に答えてくれれば無傷であなた方の身柄は釈放しますよ。

 1、『アタッシュケースはどこか?』 2、『貴方達のチームリーダーの名と身なりは?』 3、『ネヴァーエンズの根城は?』」

 「…」

 蝶姐は苛立ちを隠せない。こんな方法で本当に彼らが情報を吐くと思っているのだろうか?

 彼らの上層組織である百狼会はこのあたりの少年チームの大部分を支配下に置いているが、ネヴァーエンズだけはその支配を受けていない。

 この地下街が混沌と犯罪の温床だった時からザ・ショップとは敵対関係にあり、ザ・ショップが一掃作戦に出た時も最後の最後まで抵抗したのだ。

 その後散り散りになったネヴァーエンズは再びチームを構成し直し、今もなおザ・ショップのお偉方の頭痛を作り出す種となっている。

 アタッシュケースが奪われたのもそんな理由からだ、彼らは恐らくケースを持っていた女がザ・ショップの一員だと知っていたのである。

  次第に目に見えてイライラしてくる蝶姐が、ふと少年ら二人の微妙な変化に気づいた。

 ハヤシバラはずっとほとんど無意味とも取れるような事を絶え間なく口にし続けていたが、ネヴァーエンズの三人は沈黙を守っている。

 しかし地下室は肌寒いほどにも関わらずその内の二人は小刻みに震え、顔は冷や汗でまみれているのだ。

 何が起こっているのだろうと苛立ちも忘れた蝶姐の前で、ハヤシバラが少年らの前に顔を近づけてしゃがみ込む。

 「…というワケでまあ、そろそろ答えてくれませんかねえ? まず貴方のお名前は?」

 「おっ…俺…」

 初めて彼らのうちの一人が口を開く。

 しかし瞳は虚ろに漂い、声は妙な力が加わってガチガチに強張っている。

 「羽賀」

 名乗った彼に満足げに笑って見せ、ハヤシバラが続ける。

 「羽賀さん、アタッシュケースはどこに? 貴方達がつい最近、六角町で女性を襲って手に入れたものですよ」

 「リーダー…の…とこ」

 「おい!」

 正気を保っていた最後の一人が慌てて制止しようとするが、その声は届いていないようだった。

 「ほう。リーダーとは誰ですか? どこにいるんですか?」

 「ヘルダイヴ…坂江のセントラルパーク」

 糸が切れた操り人形のようにガクガクと頭を振りながらそう答える。頭の中に侵入してきた何かに抵抗を試み、戦っているようにも見えた。

 「セントラルパークのどこですかね、詳しくお願いしますよ」

 ハヤシバラのその質問に答える事なく、相手は全霊を使い果たしたようにがっくりと失神してしまった。

 彼はもう一人に気絶した少年と同じ質問をそっくりそのまましたが、彼も同じ事を答えて動かなくなる。

 残りの一人はハヤシバラの奇妙な話術に恐れを抱いてはいるようだったが他の二人に見られたような異常は現れていない。

 「ダメだ」

  立ち上がって溜息交じりにそう言い、ハヤシバラが蝶姐に振り返る。

 「俺が聞き出せるのはこのへんまでですな」

 「面白いことするなあ。どうやったの?」

 扉の鍵を下ろして部屋から出ながら、蝶姐が興味津々で彼に聞いた。

 「どうだ?」

  階段に座り込んでノートパソコンを叩いていた古滝が立ち上がり、首尾を訪ねる。

 事の経過を話しながら三人は上へと上がり、喫茶店内のテーブルについた。

 蝶姐は地下室を利用するようになってもう長いが、やはり狭苦しいあの場所からここへ来ると開放されたような気分になる。

 犬飼の車椅子を押してきた紫陽花らが話に加わり、ハヤシバラは少年たちから聞いた事をもう一度頭から話した。

 「へー、すごいんだ。で、どうやったのさ」

 紫陽花の言葉に気を良くしたのかハヤシバラが得意になって説明を始める。

 「俺は舌や声帯・肺や腹筋あたりまでが人工物と取り換えてありましてね」

 ユマの持ってきたコーヒーに口をつけ、乾いた喉を潤して彼は続けた。

 「声に微妙に強弱や一定のリズムを加える事で相手の自白を促す事ができるのですよ」

 「催眠術みたいなモンか」

 ガムが口の中に残っているにも関わらずチョコレートケーキを齧りながら、大して興味もなさそうに古滝が言う。

 「まあそれに近いです、一人に効かなかったのは個人差でしょうね。あとこんな事もできますよ」

 喉を撫でてからハヤシバラの口が動いた。

 「催眠術みたいなモンか」

 これには全員が驚いた。口を動かしているのはハヤシバラなのに発せられた声は確かにたった今話した古滝のものだったからだ。

 「男女の区別なくできるのか?」

 「もちろんです。声紋まで変えるのはちょっと無理ですけどね」

 得意満面で犬飼に答えてハヤシバラは胸を張った。声は古滝のもののままだったので本人に止めろ、気持ち悪いと言われる。

 「ね、ね、ルシファーブライドの声で歌える?」

 「勿論」

 紫陽花の申し出に有頂天になって一曲披露し始めるハヤシバラを尻目に、犬飼が蝶姐に向き直る。

 「残りの一人に吐かせるのはお前の仕事だぞ」

 三白眼に見据えられて蝶姐が立ち上がり、首をコキコキ鳴らす。肩が凝っているようだ。

 「OK」

 疲れたような表情を見せて彼女は再び地下室へと向かった。



  今度も古滝がついてきた。

 どういう訳かここでの見張りは彼の仕事という事になっている。

 蝶姐が先に階段を降りて廊下を進み、突き当たりに置かれている古いスチール製のロッカーの鍵を外す。

 所々凹んでいるのは蹴飛ばした後だ、このロッカーは彼女が虫の居所が悪い時によく足蹴にしている。

 中から取り出したのは地下室に似つかわしくない真っ白なフリルつきのエプロンだった。

 よく洗濯されているのかシルクのような輝きを見せているが、所々に目を凝らさないと見えないくらい小さな赤っぽい染みがある。

 ハンガーから外してそれをつけ、そのポケットに突っ込んであった道具袋を確認する。

 長方形の頑丈な布にいくつもポケットがついており、そこに細長い道具を入れて後はまとめて巻いておく為のものだ。

 中にいくつも金属製のものが入っているのだろう、蝶姐が触れるとガチャガチャと耳障りな音を立てる。

 「殺すなよ」

 毎度の古滝のセリフに微笑で答えて彼女は扉に手をかけた。



  中の少年ら三人のうち二人は気絶したままだったが、一人は意識を保っている。

 扉に鍵をかけるとそれを確認して蝶姐はポケットの中の道具袋を取り出した。

 場違いな衣装の蝶姐をいぶかしむ相手にも彼女は笑みを見せてやった。その笑いが凶暴なものを含んでいるのに彼は気づいただろうか?

 「ケースを奪うついでにあんた達、女を強姦しちゃったんだって? ひどい事するなあ」

 どこか弾んだ彼女の声に少年は得体の知れない恐怖を感じた。

 自分が気絶してしまわなかった事を恨めしく思い、同時に仲間達二人に対して憎々しげな視線を送る。

  蝶姐が部屋の隅にあった備え付けの粗末なテーブルの上に袋の中身を広げた。

 金属音を立てて散らばったものを見た時彼は恐怖で凍りついた。見る見る表情が強張り、歯の根が合わなくなる。

 天井の僅かな明かりに凶悪な光を照り返すそれらは、まさしく手術器具だった。

 大小さまざまな大きさや形をしたメスが机に並べられてゆく、極めつけは二の腕ほどの長さのノコギリだ。

 今まで何度も使ってきたものなのだろう、エプロン姿の拷問者は愛しそうにその刃に唇を寄せる。

 それらが自分の体を以って試される事は明白だ。彼はこれから始まる悪夢に悲鳴さえも上がらない。

 「さて、何分持つかな?」

  やべえ、この女本気だ。少年の真っ白になりかけた頭の中で危険信号がしきりに点滅する。

 凄惨な笑みを浮かべて歩み寄る女から逃れようとムチャクチャにもがきながら、少年は遂に恐怖の重圧に負けて口を滑らせた。

 「まままま待て、リーダーなら夜になったらセントラルパークの七番出口前に出る、地下街のアレだ!」

 「え? 何?」

 かすれた声ににこやかな笑みを張り付かせたまま蝶姐は平然と聞き返した。片手にはメスが出番を求めてわななくように輝いている。

 「全然聞こえなーい」

 それから始まったことの大部分は、後の彼の人生で悪夢の中でしか思い出せないだろう。



  この室内は完全に防音性になっており、悲鳴が漏れる事は絶対にない。

 数十分後、扉を開いて現れた蝶姐の姿に古滝は特に感想を持たなかった。

 彼女がつけているエプロンには所々血液の飛沫が飛んでいる。顔面にも少しばかりかかっているようだ。

 顔の刺青に指を這わせるようにしてその血を拭い取ると、古滝に軽く首尾を説明して彼女はそのまま向かいの扉をくぐった。

  瞳は恍惚としてとろんとしており、蝶姐の全身から気だるさが漂っている。

 彼女は拷問が心底好きなのだ。真性のサディストである。

 大抵誰かに口を割らせる必要がある場合は蝶姐が担当している。ただし好みにうるさく気に入らない男の場合は頑なに拒否するが。

 今回もあまり彼女の趣味ではなかったがハヤシバラに出番を取られてヤケになっていたのだろう。蝶姐はこのあたりが妙に子供っぽい。

 しばらくして宿直室から出てきた彼女はシャワーを浴びて化粧を済ませていた。

 セミロングの金髪も先ほどまでの間に合わせとは違い、きちんとセットされている。



  事件の始まりは彼らが言うように、アタッシュケースをネヴァーエンズに奪われたことに端を発する。

 ザ・ショップのある要人の一人が間抜けな事に出入りしていた女の家にそれを置き忘れ、女は男の場所へと届けようとある晩ケースを手に

 六角町を歩いていた。

 そこをネヴァーエンズに襲われ、ケースを奪われて暴行されたらしい。

 幸いにも被害者はその中の数人の顔を覚えておりモンタージュが発行されていたので、こうして蝶姐たちは地下街へ偶然来ていた連中の

 一員を捕える事ができた。

 アタッシュケースの中身までは知らされていないがとにかくこのような雑な仕事は彼らのような下部組織に回ってくる。

  彼ら百狼会を上層部とするチームとは別に、元は台湾マフィアだったが今はザ・ショップに組み込まれているチームも動いている筈だ。

 向こうの動きははっきりとはわからないが恐らくはアンダーガードの方が一歩前進したと犬飼は確信している。

 彼は己を百狼会に認めてもらおうと手柄を得る為必死なのだ。

  一仕事終えてカフェオレを流し込んでいた蝶姐に、犬飼はハヤシバラに地下街の案内をしてやるよう命じた。

 不満を漏らしはしたが紫陽花以外に威張れる存在ができたのが嬉しく、気だるい体に鞭打って彼女は了解した。

 夜になり帰宅する人々で地下街は溢れている、その流れに逆らうように二人は街を歩いていた。

 広い通路の両側には様々な店があり多くは若者を相手にした服やアクセサリーなどを売っている。

 それらの店のどれかが流しているのだろう、雑踏に混じって流行歌なども流れている。

 アンダーガードはそれらの店から所場代とガード料金と称して一ヶ月にいくらかの金額をせしめており、それが活動資金になっていた。

 案内と言っても複雑に枝分かれしているとは言え地下街自体の構造の説明は省いている、彼らのチームだけが使う地下道や抜け道などの

 説明をしながら蝶姐はふと薬局で立ち止まった。

 カウンターでレジの中身を数えている店員の女性に彼女が親しげに声をかける。

 「ハァイ。元気?」

 「あら」

 相手が顔を上げて笑顔で答える。髪の長い、白衣に身を包んだ二十歳中盤の美人だ。

 蝶姐がハヤシバラを連れているのを見てオフだと思ったのだろう、気さくに話し掛けてきた。

 「何よ。仕事休み?」

 「ああ、新入りに道案内をね」

 親指で背後の彼を差し、短い挨拶を済ませてすぐに切り上げる。

 その場を去るとすぐにハヤシバラが手を振っている彼女を振り返りながら蝶姐に口を開いた。

 「美人ですねえ」

 「ミタカさんっての。手出そうと思ってんなら止めといたほうがいいよ」

 心なしか興奮しているハヤシバラにこともなげに彼女が答える。

 「私が来る前までアンダーガードで拷問やってた人だから」

 「拷問んん?! あの人が?」

 驚くよりそれ以前にハヤシバラはこの時初めて蝶姐が今現在アンダーガードで拷問を担当している事を知った。

 固まっているハヤシバラの反応を楽しみながら彼女が続ける。

 「ヤクのやり過ぎで頭がアレになっちゃってね、クビになったんだ。フラッシュバックのせいだろうけどあの人たまに夜中に地下街を一人で

 歩いてんの、でも逢っても『こんばんわ』以外に何か声をかけちゃダメ。襲い掛かってくるからね」

 「何でまた?」

 「知らないよ。言ったでしょ、頭がアレになってんの」

 紫陽花が一回ボコられてさ、と蝶姐が含み笑いを漏らした。

 人は見かけによらないと変に感心しながらもハヤシバラはしばらくその場に立ち止まって客の対応に追われるミタカを眺めていたが、蝶姐に

 置いて行かれそうになったので慌てて歩き出した。



  地下街には未だに少年たちのチームが多く、ほとんどは百狼会に属しアンダーガードの配下に置かれてはいるがまだ無属のものも多い。

 ザ・ショップを恐れているのかほとんどイザコザは起きないがそれでも彼らはこの地下街ではかなり目立つ存在だ。

 むしろ爆発させる場を失ってくすぶっており、アンダーガードら以外のチームとの抗争は激化している。

  簡単な説明を交えてハヤシバラと地下街を歩きながら、ふと蝶姐は前方の集団に気づいた。

 地下街にいくつかある広場の一つでかなりの大きさがあり、前にあるバンドがライブを開いた事もある。

 そこにたむろしている明らかに一般人とは違う連中を蝶姐が視線で示した。

 「あいつら知ってる?」

 通路を覚えるのに必死になって頭を働かせてたハヤシバラが顔を上げると、三十人ほどの集団が見えた。

 見れば全員が同じような服装にメイクをしている。どうやら全員が女のようだ。

 その格好はすらっとした軍服姿でよく見ればナチスの高官らが着用していたようなものにも見える。ご丁寧に軍帽まで被っていた。

 ピンヒールのロングブーツは黒革製で、同じ材質でできている胴に巻いたガンベルトからは拳銃を降ろしている。

 帽子のつばの下にちらちらと見える顔は化粧が濃く、特にアイシャドウが強烈に眼の周囲を縁取っていた。

 「さあ…何ですかね」

 「デーモニックギャルズって言うの、地下街を根城にしてる四チームのうちの一つでね。

 『ルシファーブライド』って知ってるでしょ、あのビジュアル系バンド」

 「ええ。そりゃあ」

  ルシファーブライドとは最近若い女の子の間で人気が急騰しているバンドだ。

 観客の一人をステージに上げてチェーンソーで切るフリをするという過激なステージアピールが売りだったが、ある日ボーカルが本当に

 ファンの女性を真っ二つにしてしまい殺人罪で逮捕されたにも関わらずなお人気は衰えず、現在は残された四人で活動中である。

 蝶姐の説明によれば彼女たちデーモニックギャルズはもはや狂信的と言ってもいいほどのルシファーブライドのファンでそのバンドが初めて

 ライブを行ったこの広場を聖地にしているという。

 自分たちこそが真のファンだと称してはばからない為他のファン達との問題が絶えず、いつしか暴力的なチームとして確立してしまったらしい。

 あの格好はルシファーブライドのコスチュームを真似たものだ。

 全員顔には蝶姐と同じく刺青が入っているがその右頬に刻まれたウェディング体の文字はかなり大きい。

 「ファン度によって階級が決まってて、軍曹以上が持ってる銃はモデルガンじゃないから気をつけてね。

 あとあの子達の前でルシファーの話題は口にしない方がいいよ。何されるかわかんないから」

 そう言って蝶姐は地下街を先に進んだ。



  彼女が次に視線で示した先には、地上へと繋がる階段の手すりを滑り降りてくる男達の姿があった。

 「あそこにいんのがモーターキラークイーンズ。元はゾクだったんだけど今はモーターブレードで引ったくりとかしてんの。

 ほら、デッドラインロードでスケーターがはいてるヤツ。アレ」

  もうしばらく行くと人通りも絶えてきた地下街を闊歩している、どこかの高校の制服に身を包んだ一団に道を譲るべく二人は脇に寄った。
      かぶら         ゼッカ
 「あれは鏑高校の柔道部。絶火とか名乗ってるけどほとんどただのケンカ屋集団」

 確かに彼らはみなどっしりと筋骨隆々な体格をしており、放つ雰囲気は若さゆえの凶暴性に溢れている。

  デーモニックギャルズ、モーターキラークイーンズ、絶火。そしてこれにアンダーガードを加えたのが地下街の四大勢力である。

 神薙市の各地地下に横たわる地下街は恐ろしく広く、ここを支配している彼らは他のチームに対して強い影響を及ぼしている。

 といってもこの地を実質上支配下に置いているのはアンダーガードただ一つだ。

 他のチームもアンダーガードとは極力問題を避けているようだ、ただし他のチームとの縄張り争いは非常に激しい。

 一応見た目は沈静化してはいるのだが未だに地下は暴力沙汰が耐えない場所なのである。



  色々なものを見せられて相当疲弊したらしく、ハヤシバラは彼女の背後からとぼとぼとついてきた。

 場所は地下街にいくつも存在する抜け道である地下道の一つだ、ここは空調や換気を管理する為の機関が並ぶ地区で通路の各所の

 ダクトから白い蒸気が吹き出している。

 通路は正方形をしており、天井から落ちる青白い蛍光灯の光は寒々しく周囲を浮かび上がらせていた。

 ここは地上に近い場所なのだろう、時折天井が切れて星空が見えている。

 上には繁華街の大通りが通っている為雑踏や人の声も時折聞こえくる、この妙に現実感の希薄な世界で唯一の外界との繋がりだった。

 上から通行人がゴミを捨てるので色々なもので溢れてはいるが、真っ黒に汚れたコンクリートに囲まれた通路は広い。

 どこかで水が漏れているのか、蒸気が吹き出す音に混じって時折遠くで水音が響いた。

 「疲れたでしょ?」

 「ええ、まあ」

  振り向いた彼女にハヤシバラは力なく笑って見せた。

 「もうちょっとしたらとっておきの美少女に逢わせてあげる」

 蝶姐は珍しく悪戯っぽく微笑んで見せた。片手には紙袋を持っている、ここに来る途中地下街の店の一つで買ったものだ。

 「美少女って…ここで?」

 「そう」

 彼らの目の前にはまだまだ陰気な地下道が続いていた。








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