プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -
レディオガール
RADIO GIRL
15.レディオヘッド#2
街を一望できる高度まで昇ると、クシミナカタは虚空に静止した。
はるか彼方ではビル群が凸凹の不揃いな地平線を描いており、更に天空では太陽が変わらない陽光を降り注いでいる。
彼の右手の集中しつつあるエネルギーは出番を待ちかねてビリビリと周囲の空気を激しく震動させていた。
全身の血液が沸騰するような興奮を感じる。溜まりかねて口腔から漏れたクシミナカタの吐息は銀色をしていた。
破裂しそうなまでに膨れ上がったエネルギー球を携えた右手を無造作に眼下に向けると、彼は適当な場所に狙いをつけた。
どのみちここはすべて吹き飛ばすつもりだ。どこに撃とうが逃げ場はない。
背に生えている蝶の羽根が一時羽ばたくのを止め静止した。そしてその羽一面に走る美しい文様が浮かび上がってゆく。
何かの悲鳴のような声がした。
最初は細く断片的だったそれはいつしか膨れ上がり、今や空を満たすほどの音響へと成長している。
空間にクシミナカタの集中させたエネルギーが呼応し音となって発せられているのだ。
身体を構成する光が一瞬、閃光と化した。
眼窩の奥で例えようのない至福に身を委ねながら、クシミナカタはかつてない快楽にめまいさえも覚えた。
舐めるような口調で漏らした言葉は誰に向かって発せられたものでもなく、すぐ悲鳴の音響にかき消された。
「YOU DIE!」
「どうすればいい?」
道路の真ん中で吹き出る汗を拭い、必死の形相でパンハイマが問う。
仰いだ天空にはクシミナカタがいる。限界までヘッドディスプレイのズームを効かせたパンハイマにはその表情までもが
見て取れた。
今までに違う何か決定打になりうる攻撃を狙っているのはわかるが、対抗策は思いつかないままだ。
「…ほんとだ」
瞳をじっと閉じて『アンテナ』を立てていたサチが、ぱちくりと眼を瞬かせながら溜息交じりに漏らす。
「これ、イコンの電波だ。嫉妬かー…」
「誰に?」
怪訝そうな顔で自分を振り向いたパンハイマに彼女は呆れ返った表情を作った。
「叔父さん本気で言ってる?」
「どういう事さ」
常日頃女性にちょっかいを出している割にこの鈍さはどうだろう。
もう一度深く溜息をつくと、サチは無理矢理パンハイマに正面を向かせてその背に両の掌を押し当てた。
彼のトレーナーは砂埃や小さな傷でボロボロになっている。
「何をするんだい?」
質問にサチは凛とした口調に変えて答えた。
「いつか言ったよね、『電波』は鬱の感情がほとんどだけどそれが全部じゃあないの。
世の中には僅かだけど鬱と逆の電波も出てる。なんつーの、ハッピー電波?…違うかな。
今まではソレを掻き集めて叔父さんに使ってたの、あいつとは量では負けるけど質じゃあ全然勝ってるわ」
ここはヘンな世界だけど『アンテナ』は現実世界から電波を集められるみたい、と付け加えて彼女は続けた。
「イコンだって嫉妬も持つだろうけど、絶対逆の感情だって持ってる筈だもん。それプラス電波で何とかなると思う」
「どういう事だよ、全然わかんないよ」
「今はわかんなくていーから! 何か一番強烈な武器でお願い!」
思いっきり瞳を閉じるとサチは『アンテナ』に全身全霊を集中させた。
冷たい炎が全身を駆け巡るような感覚に圧迫感を覚えながらも、ひたすら自分の能力を信じて集中力を全開にする。
同時にパンハイマも彼女の手を通して背中から伝わってくる熱に飛び上がりそうになった。
あちちち、と悲鳴を上げながらも懐から拳銃を抜いて必死に意識を集中させる。
今度は何かの漫画に頼るつもりはなかった。あのナイトメアウォーカーを破った時の拳銃から発射された光の槍をイメージする。
ガソリンを被って炎の中に飛び込んだような熱に全身を焦がされるが、しかし何故か苦痛は感じない。
こりゃすごい、と感嘆を漏らそうとした時だった。
ブチン、と何かが弾けるような音がした。そしてアスファルトに何か液体が飛び散った時の雨のような音。
サチの名を呼んで振り返ろうとすると彼女は物凄い剣幕で彼を制止した。
「前を向いて!」
あまりの迫力に慌てて向き直り銃を天空に向けて構え直す。背後で畜生、と苦痛に震えるサチが呟くのが聞こえた。
振り向いて彼女を労わりたい衝動を全力を持って抑え込むと、パンハイマは引き金に指をかけた。
次の瞬間、天空でエネルギーが弾けた。
先手を打ってクシミナカタが光球を放ったのだ。それは小型の太陽のように彼の手を離れてゆっくりと二人に向かって降って来る。
進行方向にある建物を食い尽くしながら絶望の因子で構成された球が30mほどまで接近した時、パンハイマは引き金を引いた。
リボルバーガンの弾層は回転し、撃鉄が降りてカチンと乾いた音を立てる。
それだけだった。
パンハイマは慌てて引き金を連続して引いたが結果は同じだった。
「あ…あれ!?」
弾は入っている。点火しないのだ。
背に押し当てられていたサチの掌の感覚が失せている事に気づき、疑問を投げかけようと彼は振り返った。
衝撃と同時にまず眼に入ってきたのはアスファルトに撒き散らされた鮮血と、その中に突っ伏して倒れているサチだった。
「サチ!!」
背を焦がすクシミナカタの光球にそんなに余裕がない事を知り、彼女の細い身体を抱き上げるとパンハイマは少しでも時間を
稼ごうと必死に地面を蹴り始めた。
額や喉などの血管が所々弾けるようにして破れており、自慢にしていた黒髪が血糊でべったりと固まっていた。
肉体に影響が出るほどの無茶のある『アンテナ』の使い方をしたのだろう。
ぐったりとしてピクリとも動かない少女からはほとんど体温が感じられなかった。
「いってぇ…畜生」
パンハイマが走る震動で意識を取り戻したのか、息も絶え絶えにサチが虚ろに瞳を開く。
「サチ」
彼の呼びかけに緊迫感の感じられない口調でか細く彼女が答えた。
「何やってんの? 撃ってよ」
「点火しないぞ!? ほら」
パンハイマがサチに見えるようにカチカチと銃の引き金を引いて見せる。
「それ多分私のアンテナが生きてる間しか、だからえーと…気がついたから今は撃てる…」
彼女が言い終わるより早く、明後日の方向に向けた銃口でエネルギーが炸裂した。
勝利を確信し傍観を決め込んでいたクシミナカタの眼にふと、前方の市街から上がった光が見えた。
するすると天を昇っていくその光の帯に彼は妙な違和感を覚えた。『電波』で構成されている物体に感じる特有の感覚だ。
しかしその帯、というか槍のようなものが向かっている方向は彼のいる方向とは関係なしに、まるで当てずっぽうで撃ったかのように
見当違いの方向へと走ってゆく。
いまいち相手の真意が計りかねたが、もうそれもどうでもいい事だ。
腕を組んで眼を細めながら何とはなしにその光景と見ていた時、ふとその矢を追うように人影が跳ねたのが見えた。
跳ねたというよりは爆発的な推進力を得て天に駆け上ったと言うべきか、眼を凝らせばそれがサチを抱いたパンハイマであるという事は
簡単に理解する事ができた。
背には羽根のようなものが見えた、デパートから落ちた時に作ったものと同様のものだ。
しかしクシミナカタは落ち着き払って光球に意識を集中させた。
破壊を撒き散らしながらビル群を迷走していた球は彼の意思のままに方向を変えてパンハイマ達に進路を向ける。
どのみちもうあの槍を外してしまった以上、大した事ができる力も残ってはいまい。
逃げ道はもうどこにもない。
パンハイマは拳銃の中に再びエネルギーが集中しつつあるのを感じた。
しかしそれは先ほど撃った光の槍に比べれば哀しいまでにささやかなもので、とてもクシミナカタを倒すに足るものとは思えない。
足元のビルを突き破り光球が自分たちを追尾し迫ってくるのが見えた。
落ちないように片手でしっかりサチを抱きながらパンハイマは先ほど自分で放った光の槍に追いつくまで上昇し、それに銃口を
向けて引き金を絞った。
金属を弾くような凄まじい衝撃音と同時に穂先に次弾の命中した初弾は大きく軌道を変え、空の彼方の目標物へと向かう。
クシミナカタは突如自分に向けられた火線に驚愕した。
避けようとせずに新たな光球を作り出して消し飛ばそうとしたのは彼の慢心だった。
クシミナカタとてもうそこまでできる力は残っていなかったのだ。
かわそうと捻った身に突然白銀の輝きで構成された槍が生えた。
口から水銀の血液が溢れ、中空に溢れ出す。
次の瞬間槍はクシミナカタの胴に残ったまま爆発的に膨張し、その身を紙のごとく千切り飛ばしていた。
再び空に満ちた悲鳴が彼のものか呼応した空間によるものかはわからない。
―― ああ、そうか ――
残存した思念でクシミナカタは千切れてなくなった自分の肉体の感覚をどこか他人事のように捕えていた。
―― ワタシはどれだけ頑張っても、掻き集める事ができたのは他人の『電波』…
彼らには…それ以上に、愛してくれる人がいたから…その電波を受け取る事ができたから…
――
それがクシミナカタの最後の思考だった。
す べての力を使い果たして二人は抱き合ったまま天を下っていた。
次弾を撃ち込むと同時に再びサチは意識を失い、それと同時にパンハイマの背にできた羽根も消滅した。
薄れ行く意識の中でパンハイマは自分たちを追っていたクシミナカタの光球に直撃してしまうのではないかという不安に
苛まれていたが、それも結局は杞憂に終わったようだ。
二人が背中から光球に落ちる瞬間、虚構の世界のすべてが歪んで消えた。
一番最初に聞こえたのは少女の声だった。
もやのかかった視界には、大きな瞳をしきりに瞬かせているイコンの顔が写っている。
最初は遠かった雑音や彼女の声もやがてははっきりとした確固たるものとなり、パンハイマはようやく我に返った。
頬にあたっているものは冷たいタイルだった。どうやら喫茶店の中に戻ってきたらしい。
起き上がるとまず隣にサチがいる事を確認し、続いて全身の傷を調べる。
何故だか妙に懐かしく思えるデパート内の物音や人のざわめきを楽しみながら、パンハイマは脇腹の鈍い苦痛に
表情を歪めた。
肋骨にヒビが入るくらいはしているだろう。
次々に質問を浴びせ掛けるイコンをなだめながら、パンハイマは隣に転がっているサチの肩に触れた。
「ほら。もう大丈夫みたいだよ」
「うも」
牛のような変な声を漏らし、サチも寝ぼけた顔で起き上がる。
不思議な事にサチの傷はみんな消えている。ボサボサになっている髪に付着していた血糊も綺麗になくなっていた。
何時の間にか混んできていた喫茶店内の人々の注目を浴びながら、パンハイマの手を借りてサチは立ち上がった。
手を引かれて一瞬脇腹の痛みが増し、いてててと彼が呻く。
「大丈夫?」
心配そうなサチの声にパンハイマは無理矢理笑みを作ってみせた。
「さあ、どうかな」
イコンの話では二人共何時の間にかそこに寝転がっていたという。
とりあえず三人でデパートを出ながらパンハイマはイコンに説明を始めた。
サチは呆けたようにぼーっとしている、疲れたのだろう。
ひとしきり説明を終えた後にイコンはひと言『そう』とだけ答えた。
そしてふと思い出したように質問を付け加えたが、わざとそう振舞っているのだと彼は直感でわかった。
「クシミナカタは死んだの?」
「多分ね」
また『そう』と答えてイコンは正面に向き直った。
彼女はいつもながらにクールだ。哀しいのかどうかパンハイマにはいまいちわからない。
イコンにはクシミナカタの夢の世界で起きた出来事の中でも最後のあたりは特に詳しく話していない。
彼女を見ていてパンハイマにも奴が誰の嫉妬の感情を使ったか何となくわかってきたからだ。
「前に私を引き取りたいと言っていた人がいるの」
次に彼女の口から出た不意の言葉にパンハイマが驚いてイコンを見下ろす。
「誰がさ?」
「前の持ち主の所にいた時、私を好きになってくれた使用人の人がいて」
そりゃまた随分お金持ちのとこにいたんだなと答えて腕組みしながら、どことなく彼女の気品のある物腰はそこからきているのかと
内心彼は納得した。
「で、君は? どうしたいんだい」
「私がいなくなっても平気?」
ちらりとパンハイマの顔を盗み見てからイコンが答える。
我ながら卑怯な質問だと思った。
「ま、平気とまではいかなくても寂しくなるかな。けど君がそうしたいなら」
一応残念そうな口調で言ってみせる、どうとでも取れる相手の答えを彼女は前向きに受け取る事にした。
「優しい人」
そう言ってイコンはどこか諦めたような微笑みをこぼした。
「それはさておき途中病院に寄ってかなきゃあ」
溜息交じりに言いながら傷の説明をどうしようかとパンハイマが思いを巡らせている時だった。
「いた」
街中で帰り道を行く途中でひと時落ちた沈黙の中、突然呟いたサチに二人がぎょっとして振り向く。
「どしたのさ」
天を仰いで眺めていたサチの表情が突然、泣きそうなまでに崩れる。
驚いてもう一度どうしたと聞くパンハイマを他所にサチは不意に両手で自分の頭を抑えた。
「いたたた…」
頭を抱えた彼女は急速に襲い掛かってきた苦痛に悶え、がくりとアスファルトに膝をついた。
顔は吹き出した冷や汗に満ち全身は小さく震えている。
何もかもが突然の兆候だった。呆気に取られる暇もなくざわめき立つ胸を抑えてパンハイマはサチの顔を覗き込む。
まさか脳血腫が?!
「頭が?」
サチは血が滲むくらいの力で指を突き立てた頭を抱えながら、痛いとしか答えない。
イコンに救急車を呼ぶように言うとパンハイマはサチの肩に手を置いた。不意を突かれた、と思った。
この頃は安定していたがまさか発作が今ここで起こるだなんて。
感覚のすべてが頭痛と入れ代わりひたすら苦しみに耐える少女を前にパンハイマは歯噛みした。
ここで彼一人では何もできない。
「落ち着いて。今イコンが救急車を呼びに行ってる」
通行人が遠巻きに眺めている中、パンハイマは彼女の頭を抱きながら運命を呪った。
いつかは来る日だったのかも知れない。今までは気づかない振りをしていただけに過ぎない。
頭に浮かんでは消えてゆく絶望的な考えのすべてを否定し、彼は口の中で祈るように同じ言葉を繰り返した。
「治して見せるさ…死なせるもんか」
パンハイマが在籍するオシリス・クロニクル社の内部にある病院の一つで、白衣に身を包んだ少年が金髪をなびかせて
廊下を早足で歩いていた。
丈が合っていない上に借り物の白衣はしっくりこないらしく、何度も袖を掴んで着衣を正している。
もう夕方近い。長くて広い廊下の天井で灯された蛍光灯が彼の金髪で光を弾いている。
幸いパンハイマの脇腹の傷は重いものではなかったが、だからといって応急処置を受けた程度で歩き回っても平気かと言うと
そこまで軽傷でもない。
こみ上げてくるような苦痛に時々表情を歪めながら、彼は病院の出入り口の前までようやくたどり着いた。
街の夕闇の漏れる窓を背にして、まるで背景の一部のように忽然とその人影は姿を現していた。
黒の背広に身を包んだ長身の若い男だ、ほぼ半身は闇の中に埋もれている。
周囲に漏らす空気は冷たく理知的な雰囲気を纏わせていた。
「紅緒が世話になったな。礼を言おう」
錆を含んだような声を発して一歩男が前進する。
蛍光灯の灯りの元にオールバックのダークヘアがさらされ、同時に鋭い視線を放つ刃のような瞳が露になる。
ほんの数日前に彼の助手が事故を起こし皮膚をすべて張り替えるはめになっていた為に、たまたま休暇にも関わらず仕事の
関係で社に出かけていたパンハイマはその手術の助役を務めていた。
相手は長らく逢っていなかったパンハイマの親友であり、彼と同じく社の人工授精により試験管から生まれた天才的頭脳の
持ち主の一人だ。
パンハイマはこの世に彼以上の脳外科医はいないと信じている。
挨拶は前に済ませてある。友人が無駄話をあまり好まない事を知っているパンハイマは余分なことはそこそこに本題に入った。
「あの位別にいいさ。君に頼みたい事があるんだ、ネク」
そう言ってパンハイマが差し出した書類を受け取ると、ネクと呼ばれた男は素早くざっと眼を通した。
「なるほど。こいつは危険だ」
一番最初のパンハイマとほぼ同じ感想を漏らし、ネクはパンハイマと視線を噛み合わせた。
「レーザーで焼く方法もあるがここまで癒着していてはな。…15歳、女子。誰だね?」
あまり感情のこもらない相手の口調の質問に彼はきっぱりと答えた。
「僕の家族だよ」
ふむ、と頷いてネクが続ける。
「大方私にこの患者を治せと言うのだろう? 一仕事終わって暇ができたところだ。ま、構わんがね。」
「できるかい?」
「できないとは言わんが」
顎を撫でながらネクは考えを巡らせているようだった。
「はっきり言うが私の腕を以ってしても五分五分だぞ。それも後遺症までは保証できん」
「ホントにはっきり言ってくれるじゃないか」
沈んだ表情でパンハイマは肩を落とした。もしかしたらこの友人なら100%治ると言ってくれるんじゃないかという幻想を
抱いていたのだ。
手術をせずともドールズと同じ方法で記憶のみを別の脳に移すという方法がないでもない。
しかしドールズの脳は製造段階で特殊な改造を施してあるからこそその芸当が可能な訳で、すでに成長してしまった人間の脳で
同じ事をしたらいかなる事態が起こるかは誰にもわからない。
「パンハイマ」
不意に名を呼ばれて彼は顔を上げた。
「お前の夢は何だ?」
「え? 何さ突然」
ネクは鋭い目を更に細めて続けた。
「私は子供の頃から自分がオシリス・クロニクル社お抱えのドクターになるとわかりきっていた。
だから将来の夢など何も持たずに育ってきた…お前は何故医者になろうとしたんだ?」
じっと少年を見つめながら、彼はいつだったかパンハイマが自分に話してくれた姉の事を思い出していた。
「大切な人を守ってあげたいからだろう?
今回の執刀は私が行うだろう、だが傷や病を治すだけが医者の仕事ではない。
…わかるな? 我々にできる事は、人の人生にできた障害を取り除くのをほんの少し手伝ってやる事だけだ」
パンハイマはネクの言葉に耳を傾けながら、なんだか自分よりも彼のほうがずっと年上のように思えてきた。
実際二人の見た目を比べればまったくその通りなのだが、現実にはネクはパンハイマよりも九つも年下である。
パンハイマは溜息交じりに笑みをこぼした。
「君はホントしっかりしてるなあ。見習いたいよ」
ネクの言葉を反芻しながらパンハイマはサチの病室に向かった。
廊下には人気がなく彼の足音だけが虚空に木霊している。
脇腹がまたズキズキと鈍く痛み始めたが、明日の早朝には手術が始まる。それまでに彼女と話しておきたかった。
女性w口説き落とすのには自身があるが今回ばかりはどうにも良い案は思いつかない。
手術に踏み切らねばサチは死ぬ。
治せば故郷は消滅する。
この二つを彼女の空想の世界を踏まえた上でどうにかして的確に説明せねば。
バリバリと頭を掻きながら彼は病棟へと急いだ。