プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -
レディオガール
RADIO GIRL
5.無限回廊
イコンの襲撃から数日が過ぎた。
ようやく背の傷の包帯が取れ、その開放感を楽しみながらパンハイマはしきりにサンドイッチを口に運んでいた。
片手にはコンビニで買った漫画雑誌が開かれている。
暖かいその日、彼とサチはマンションの屋上のスペースで昼食を摂ることにした
早々に食事を切り上げたサチは屋上のスペースから3mほど盛り上がった給水タンクの塔に登って何やら耳を澄ませている。
頂上に腰を降ろしてじっと眼を閉じたその横顔に時々、風になびいて彼女の短く切りそろえた黒髪がかかっていた。
「何やってんだい?」
コーヒーで冷めたサンドイットを流し込み、口についたソースを拭って不意にパンハイマが声を上げる。
晴れ渡った空に少年の声は柔らかに響き、サチは澄んだその声に心地良さを感じた。
「こういう日はアンテナの感度が良くなるんだ。ビシビシ感じる」
彼女が顔にかかった髪を掻き揚げて除けながら、瞳を開いてパンハイマを見下ろす。
サチの双眸が極めて黒に近い青という事に彼は今始めて気づいた。
「どんな電波が受信できる?」
「んー」
ポーチを取り出して中身の香水を並べながら頭の中にアンテナを持つ宇宙人は考え込む素振りを見せた。
「悪い電波ばっかじゃないんだけどねー。やっぱマイナスの感情っての、そういうのの方が行き場がなくって空をうようよしてる」
きちんと並べた色とりどりの香水の小瓶を一つ一つ手に取って眺めながら、何気なくそう話す。
コンクリートの上に腰を降ろしたままパンハイマは黙って聞いていた。
「地球の香りも好きだけどね。やっぱ故郷の星が懐かしい」
もう一度瞼を閉じて鼻腔を瓶から放たれる芳香で満たしながら、サチは懐かしそうに笑った。
パンハイマの視界からはタンクの塔に腰かけたサチと12月の底抜けに蒼い空がピッタリはまって見える。
いつか街で買った深い青のカットソーとジーンズも彼女の雰囲気と見事な調和を見せていた。
「どんなとこなんだい?君の星って」
缶コーヒーに口をつけながらパンハイマはもう少し彼女の空想の世界に付き合ってやる事にした。
と、同時に再び胸に湧き上がってくるいつかは絶対しなければならない決断にきりきりと心を締め付けられる。
このままずっと脳内の血腫を放っておけばサチの命に関わる。
しかし手術して治るという確証はないし、副作用や手術自体の危険性も計り知れない。
第一、もし治ったとしたらサチの故郷―ローズマリー・プラネットは消えてなくなってしまうのだ。
そうなったらこの少女はどこに帰ればいい?
また鬱病と自殺未遂を繰り返す日常に放り出す事が本当に良い事なのだろうか?
「いいとこだよ。みんな私と同じアンテナを持ってる」
眼を細めながらサチが細い顎を伸ばし、天上の恐らくは自分の故郷のある場所を見上げた。
ふと、パンハイマは考えてはいけない事が脳裏をよぎるのを感じた。
―― このまま…
「戦争や貧乏がないワケじゃないけど、みんな誰かの電波を感じ取れる。だから、今は無理でも必ずいつかみんな分かり合える。
そこがこの星と決定的に違うところ」
―― このまま死んでしまう事が彼女にとって…
「バカ」
途中、サチに聞こえないようにパンハイマは自分を全霊を込めて罵倒した。
たっぷり郷愁を込めて語るサチの横顔を見上げながら、パンハイマは自前のプラス思考を何とか呼び戻した。
手術が成功し、仮に彼女が再び日常の絶望に突き落とされても。
「必ず僕が君の助けになる…ここが君の生まれた、君の帰るべき場所だって気づかせて見せるさ」
「何?」
風の中に消えたパンハイマの語末をサチが拾ったらしい。
「あー何でもないよ。今日の夕飯何にしようかなーって」
適当に誤魔化しながらパンハイマは曖昧な笑みを浮かべて見せた。
「うそ。叔父さんの電波でわかるもん」
「うぐっ」
あっさり見透かされて彼は言葉を失ったがサチは気にするふうもなく手の中の香水の蓋を開いた。
液体から湧き上がる新たな芳香を楽しみながら、彼女は再びパンハイマの心をグサリと突く。
「叔父さんって何で子供のまま成長止めちゃったの?」
「えっ?だから…病気だよ」
「あたしに嘘は通用しません」
この娘は…
再びいとも容易く自分の言葉を看破され、パンハイマは腰に手をやって心中で相手をなじった。
自称が宇宙人だと言う事を置いておいても予想以上に手強い娘だ。
「人の心を読むなよ。悪趣味だよ」
「読めるんじゃないって、受信した電波からある程度はわかるだけ。でも…」
瓶をいじる手を休めて不意にサチがじっとパンハイマを見下ろした。
「叔父さんの大切な人が関係あんじゃない?女の人」
「うぐ」
彼が今日二度目の『うぐ』を口にして絶句する。
嘘がつけない、心の内がバレるという事は会話に置いてこんなにも不利なのか。
女性に関しては百戦錬磨を豪語するパンハイマだがこんなにやりにくい相手は初めてだった。
歯噛みして言葉に詰まるパンハイマを尻目にサチは涼しい顔で手の中の香水の瓶を変え、蓋を摘んだ。
観念してパンハイマがポツリと呟く。
「僕の姉さん」
「えっ?」
「血は繋がっちゃいないけどね。…僕がオシリス・クロニクル社で生まれて、パンハイマ家に引き取られたって事は知ってる?」
オシリス・クロニクル社とはパンハイマの勤め先の会社であり、人工臓器の開発によりここ数年で一躍巨大化した医療器具メーカーである。
パンハイマはその人工臓器開発に大きく貢献したとして社から高い評価を受けているが、これらはすべて公にはされていない。
「えっ…何何?! それどいうこと?」
並べた香水をそのままにサチが好奇心に駆られてハシゴを滑り降りてくる。
缶コーヒーの口に僅かに残った茶色い液体を舐め取りながら、パンハイマは噛み締めるようにゆっくりと話し始めた。
「優秀な遺伝子をかけあわせて更に胎児の段階で大脳のタンパク皮質を…えーとつまり人工的に生まれてくる赤ん坊の頭を良くしようって
研究がオシリス・クロニクル社ではずーっと前から行われてたんだ。僕も資料を見た事があるから知ってる…
どこの誰だか知らない二人の男女の精子と卵子、それに社の人工子宮が僕の産みの親ってワケさ。
生まれてからヨーロッパの里親に引き取られて僕は育ったんだ。
もちろん母さんと父さんには感謝してるし、本当の親以上の存在だと思ってる」
家族達は皆平常に接してくれたが、パンハイマはどうしても他の姉弟たちに引け目を感じずにはおれなかった。
小学校に入る頃にはすでに大学の過程の半分を済ませていたほどの頭脳の持ち主であり、普段の学園生活で目立ちはしなかった
ものの自宅の部屋にこもってする勉強は常軌を逸した天才のものであった。
勘が鋭く知能が常人のそれをはるかに上回る彼はすぐに自分がパンハイマ家の人間でないと知り、毎日が身を引き裂かれそうな
孤独感でいっぱいだった。
「えー。ソレほんと?」
「失礼だな。僕が嘘ついてるって言うの?」
「だって今の叔父さん見てると全然違うじゃん」
怪訝そうなサチにアアソウデスカ、と棒読みで相槌を打ってパンハイマは続けた。
そんな彼を精一杯受け止めていたのがやや年上の姉だった。
パンハイマはどれだけ彼女に助けられただろう?
学校の事や自分の進めている勉強、人と会った事や見たものなど少年は何でも彼女に話した。
彼女が僕の救いだったとパンハイマはヘッドディスプレイの奥で眼を細めた。
「シスコン?」
「いちいち言い方が失礼だな君は。…まあ、初恋の人だったけどさ」
「うわあ」
赤面しながら相手の眼を見ていられずに視線を反らしたパンハイマに、サチは思わずそう呟いた。
「何がうわあ、だ」
「ナンデモナイデスヨ」
パンハイマの真似をして棒読みで返事をしながら、サチは心のどこかでこの少年に対する親しみが増したのを感じた。
憤慨を鎮めて再びパンハイマがなめらかな舌を滑らせ始める。
「もう亡くなって何年かな。…十五、六年か、昨日の事みたいだ」
コンクリートの上で膝を抱いて座り込みながら、パンハイマは鉄柵を挟んで見下ろせる街の風景に視線を移した。
サチのアンテナは彼から発せられる電波の波長が微妙に変わったのを敏感に察知する。
悲しみと孤独が素肌に落ちて体温で溶け、消えてなくなる雪の冷たさのようにしんしんと伝わってくる。
「僕が丁度この姿の年、15歳の時だ。姉さんは脳腫瘍ができて入院した」
サチとほとんど同じような状況だった。
脳腫瘍とは脳内にガンのような腫れ物ができる病気の事で、重ければ命に関わる。
記憶や感情の錯乱が現れて当時二十六歳だった彼の姉は入院生活を余儀なくされた。
「時間が止まっちゃったんだ」
「時間?」
「脳腫瘍ができて入院する日のちょっと前の11月23日、姉さんはどういうワケかその日の記憶以外の一切を思い出すことが
できなくなった。
つまり朝起きて11月23日の行動…学校の寮に入った僕が家に遊びに行く日だった、その日の中から永久に出られなくなったんだ。
病院で治療を受けていた5年間、姉さんは毎日言ってたってさ。『今日はハンスが遊びに来る日よ。楽しみだわ』ってね…
僕は毎日彼女の病室に見舞いに行ってたのに、翌日になると忘れてしまうんだ」
『思い出の無限回廊』と誰かが彼女の状態をそう呼んだ。
パンハイマは学業を放り出して狂ったように研究を続け、過労での気絶を繰り返しながらようやく一つの結論に行き着いた。
つまり、もうずっとわかっていたにも関わらず気づかないふりをしていただけの、たったひと言の真実に。
「現代の医学では治せない」
ふと彼は数年前と同じ事を、同じ心境で呟いてみた。
今でも時々パンハイマは、この時天才脳外科医としての友人がこの時まだこの世にいなかった事を歯噛みして悔しがる事がある。
愚かな考えだとわかっていても彼は空想する。あの男なら治せたかも知れない、と。
「僕が何故細胞学の精鋭を凝らして自分の成長を止めてしまったかわかるかい?」
「えっ」
黙りこくって聞いていたサチが、突然質問を突きつけられて言葉に詰まる。
パンハイマは寂しそうに笑って答えを口にした。
「姉さんの中では時間が止まってる。僕が成長してしまってはいつか必ず大人になった僕を僕だと認識できなくなる…」
全身が総毛立つような悪寒を感じて、サチが彼に向き直る。
「まさか」
「ああ。死ぬ確率の方が多かったにも関わらず、僕が自分の身体で成長を止める実験を行ったのはまあ…こういう事さ」
自嘲気味に笑って少年は立ち上がり、思いっきり伸びをした。
「叔父さんって不老不死なの?」
パンハイマの隣に座り込んだままサチが心の底から湧きあがってくるような怯えを精一杯隠して聞いた。
そう、今更ながら気づいたがこの少年は20年前からこの姿のままなのだ。
それがいかに万物の摂理に逆らい不自然で戦慄を覚える事なのかサチはようやく感じつつあった。
「まさか。僕の寿命はまあ、あと7年くらいだな」
「何で!?」
思わず聞き返した彼女に軽く手足を屈伸させながら、パンハイマは大して興味もなさそうに答えた。
「言ったろ? 僕は全身の細胞を組み換えてるんだ。僕の計算によればあと7年くらいで全身に分裂異常を起こした細胞…
ガンみたいな腫れ物が出来てそりゃあ悲惨な死に方をするだろうね」
「嘘でしょ?」
自分を覗き込んだサチの瞳が、今言った言葉を嘘だと否定してくれと訴えている。
腰に手をやってパンハイマは微笑みで返した。
「姉さんが死んだ後、何となく思ったよ。きっと僕が死んだら向こうで待ってる姉さんは僕を叱るだろうってね。
…でも僕はまだいい。幸福なほうさ、誰かが待っていてくれると思うと結構自分の命が尽きるまでの時間って怖くないんだ。だけど」
君は、と言いかけてパンハイマは言葉を切った。
この子はどこへ行くのだろう。
僕がこの世を離れる日まで、この子は幸せに生きていけるのだろうか?
途中で口をつぐんだパンハイマに不思議そうに瞳をしばたたかせるサチに、彼は曖昧に笑って誤魔化した。
胸の奥の痛みはしばらく収まらなかった。
翌日、朝もやが立ち込める市街の中で三つの人影がゆっくりと前進していた。
視界を遮る霞と化した空気の彼方に幽玄のごとく浮かび上がる建造物が見える。
パンハイマはヘッドディスプレイの拡大機能を駆使し、その街中に現れた壁のように巨大なものを確認した。
神薙市でも屈指の巨大建造物、オシリス・クロニクル社である。
他のビルと比肩する程度の高さだが上空から見ると六角形をしているこの建物ははるかに肉厚がある。
びっしりと軒を連ねる市街にその社は窮屈そうに腰を据えていた。
「でかー」
真っ白な息と一緒にサチがマフラーの奥から感嘆を漏らす。
細い鼻梁は寒気に赤く染まり、時々こすってやらないと感覚まで凍りついてしまいそうだった。
羽織ったパンハイマのジャンパーは相変わらず華奢な彼女には似合わず、頑なに調和を拒絶している。
まだ有給が続いているにも関わらずパンハイマが社に向かった理由は、ゴッドジャンキーズの一員・イコンが漏らした言葉にある。
彼女が漏らした単語の一つに覚えがあることに気づき、用心の為サチとギガントを連れて調べ物に足を運んだのだ。
タクシーを捕まえて乗り込むと、パンハイマは早くも頭の回転を早めた。
時折廊下ですれ違う知り合い、といっても女性社員はほとんど全員だったが、と挨拶を交わしながら少年は我が家のように慣れた
道を何の迷いもなく前進していた。
香水変えたねとかそのマニキュア似合ってるよとか細かく女性の変化を見つけて誉めるこの叔父にサチはいささか呆れている。
時々サチのことを指摘してくる社員もいたが、この人あっての現在のオシリス・クロニクル社と言われている権威であるパンハイマが
『助手だよ』とひと言言うだけで皆ニ言目には口をつぐんだ。
早足で進みながら彼は再び思考を再開した。
まずイコンがナイトメアウォーカーと呼んだものについては覚えがある。
それは人間の憎悪を凝固させて生んだ怪物だと言う言葉が本当ならば、パンハイマの頭の中にある知り合いの研究していたレポートと
一致する。
「ね。あたしは待ってるだけなの?」
そこで待っていてと売店の脇の休憩所で告げたパンハイマに彼女はあからさまに不愉快をあらわにした。
落ち着きがない性格はわかっているが、家に置いてくるよりは安心だ。
社のセキュリティは防衛庁並でありいかにゴッドジャンキーズと言えどうかつには侵入できまい。
何故あの連中がサチを付け狙うのかも気になるが、まずは相手の事を探る必要がある。
「頼むよ。仕事の事で色々あるんだ」
サチは特に自分がゴッドジャンキーズに襲われた事について悩んでいるふうはない。
恐らく自分を奪回しに来たMIBだとかそういう考えで自分を納得させているのであろう。
それがいい事なのか悪い事なのかパンハイマは少し複雑だったが、サチをなだめて彼は社の奥へと進んだ。
社の広い廊下は薄いブルーの壁紙に覆われている。
視界を流れてはまた押し寄せる青に白衣に着替えたパンハイマは僅かに懐かしさを感じた。
これだけ広い社内にも関わらず一度も案内板を見ないまま、ようやくたどり着いたドアの前で表札を確認する。
背広のネクタイを締め直すと肩をすくめて白衣を身体に馴染ませ、できるだけ胸を張って緊張に備えた。
「先生。僕です」
軽やかにノックするとパンハイマはノブを握って回転させた。
「うん?」
随分気の抜けた男の返事がドアの隙間から漏れ、身を滑り込ませたパンハイマに彼は机から顔を上げた。
「ああ、パンハイマ君じゃないか。有給を取ってたんじゃないのかい?」
年齢は30代の中盤だろうが、前頭部はすっかり髪が後退して禿げ上がっている。
小さな目は卑屈そうに見えるがこの男の人の良さをパンハイマは知っていた。
社に来たばかりで何もわからなかった彼に何かと世話を焼いていたのが、この男
―― 仁志村だったからだ。
ファイルを満載したいくつもの棚の奥から仁志村は笑って机を立った。
小奇麗で明るく一見病院の院長室ふうだが、仁志村の専門は超心理学関係という医療器具メーカーであるオシリス・クロニクル社でも
異色の部署だった。
主にドールズのアクセスと呼ばれる彼らの解明されていない特殊な能力についての研究や解明を行っているが、はっきり言って手柄や
昇進とはほど遠い場所である。
しかし仁志村は天職だと言ってはいつもここで幸せそうに仕事をしている。
「ええ、それがまあ色々ありましてね。お聞きしたい事が」
珍しく礼儀正しく振舞う少年に椅子を勧めて仁志村はお茶を注いだ。
「ふーん。僕に聞きたい事があるって言う人は大抵ドールズのヘンな力に悩まされてる人だけどね。
ホラ、アレ。話題になったドールズ、いただろ? 関わる人間が全部消える…今誰が担当してたっけ、ホワリー君だったかな」
「ええ、ネクが解明に当たっているらしいですね。何で彼がまた?」
出されたお茶に口をつけながらパンハイマが友人の事を思い出した。
そういえば彼の助手には社でも屈指の美人だった紅緒君がなったんだっけ、畜生と言うどうでもいい事も同時に脳裏をよぎる。
「さあね。社のお偉方の考える事はわからないよ」
肩をすくめて仁志村は答えた。
「それで聞きたい事って?」
「単刀直入に聞きますが、『ナイトメアウォーカー』とは?」
彼もあまり良いものとは言えないお茶に口をつけ、眉を寄せた。
「ふむ」
おもむろに片手できっちり整理された机の上に無造作に詰まれていたCD-Rのファイルの一つを手に取ると、机の上で開いて見せる。
「その名をどこで?」
「ゴッドジャンキーズの連中の一人が口にしました」
包み隠さず言うパンハイマに視線を合わさず、次々にめくるファイルのみに眼を向けたまま仁志村は声にならない呻きを上げた。
「ゴッドジャンキーズ? またロクでもないものと係わり合いになってるなあ…」
嗚呼あった、これだと漏らしてたどり着いたページからCD-Rの一枚を取り出し傍らのパソコンに突っ込む。
黙ってその様子を見ていたパンハイマにキーボードの上に指を走らせながら、仁志村は思い出したように言った。
「ホワリー君の中途報告書にもあったよ。『ナイトメアウォーカー』ってのがね…」
ヘッドディスプレイの奥で眼を剥いて驚くパンハイマに彼は続けた。
「人造人間の開発が行われ始めた数年前からちょくちょくこの名前を耳にするよ。
君が見たか聞いたかしたナイトメアウォーカーがどんなのだか知らないけれど、ナイトメアウォーカーっていうのは個体名じゃない。
人の心に住み着く、その人間のもう一つの憎悪の存在…そういうヤツの総称をナイトメアウォーカーって言うみたいだよ」