プワゾンドールズ #3
- ハッピーエンド クリスマス -






レディオガール
RADIO GIRL


8.必殺ミントクリティカルストライク


  生須はその建造物についての感想は少し鼻を鳴らしただけに留めた。

 夕方六時頃、青みを帯びて夜闇の迫る街の中にその立体駐車場は黒々と姿を表していた。

 繁華街・大瀬の外れ、倉庫や小さな会社が立ち並ぶ活気の失せた街の一角である。

 神薙市の所有していた市営の駐車場だが経営難で廃棄され今も尚解体されずに残っているのだと言う。

 地上10階建て、地下は50階以上あるらしいが確かめた事はないとイコンは説明に付け加えた。

 何度も増築を繰り返しているので内部は恐ろしく複雑な迷宮と化しており、その場を根城にするメンバー以外では行き先を見失うのは

 間違いない。
      ベルヒデンス・ガーデン
 「私達は『 籠 庭 』って呼んでる」

 案内役の少女が三人の前で口を開けている入り口と向き合った。

 「クシミナカタは今サチの『準備』に追われているから、私達が入っても『アンテナ』で見つける事はできないと思う。

 でも警備たちに見つかったら…」

 「見つからないように進める道はないのか? 抜け道とか」

 ワゴン車の中で装着した装備の着心地の不快感に耐えながらパンハイマが質問をする。

 生須から借りた防弾ベストに拳銃、弾層が数個に医療キットなどである。

 子供サイズは存在しないと言われ成人男性のものを着ている訳だが明らかに身長が足りておらず、しっくりこない。

 ベルトで調節しようとガチャガチャやっているのを見かねた生須が横から口を出す。

 「途中で邪魔になったからって捨てて行くなよ。死にたくなければな」

 わかってるよ、とふてくされながらパンハイマが彼に言葉を返すのを待ってイコンが質問に答えた。

 「私が案内をするけれど、途中見張りや私が前に作り出した怪物やなんかはそこら中にいるの。避けて通る道はないわ。

 あとクシミナカタは動けないだろうから、きっと久牢が来ると思う」

 その名を聞いてパンハイマの脳裏に苦々しい記憶が甦る。

 あの男か。くそっ、いたいけな少年に張り手なんか食らわせやがって。

 「久牢?」

 生須の質問にイコンが二、三彼の特徴を上げる。

 影を操れる、という言葉には少しだけ頷いただけで別段驚きも疑いもしなかった。

 現在の仕事に就く前までは世界中を旅して数え切れない死線を抜け、半ばオカルトがかった事件も乗り越えてきた男である。

 この程度で動じる訳もない。

 「色々面倒なヤツがいそうだな。コレクションが役に立つといいんだが」

 アラミド製の防弾・防刃繊維を織り込んだロングコートの内側に意識を持って行き、溜息交じりに呟いてみせる。

 彼はコートの内側に防弾ベストをつけたくらいで、他はパンハイマが見ている限り特に武装を追加した様子はない。

 しかし丸眼鏡の奥の瞳はまったく恐れを見せてはおらず、むしろ事態を楽しんでいるように見える。

 パンハイマとしては憤慨すべき事だが、彼が頼りになる事は知っているつもりだ。

 「お待たせー」

 鈴のなるような声でワゴンの後部扉から離れたミントが三人に片手を上げて見せた。

 背後の夕日が彼女のシルエットを浮き上がらせた時、パンハイマは今初めてこの彼女が戦闘用だと言う事の意味を理解した。

 両手の二の腕をすっぽり覆う、巨大な深い紫色の雫型をした篭手のようなものが生えている。

 恐らくは金属製だろうが両腕に自身の胴ほどもあるその鉄塊を服の袖とまるで違わないように振り回していた。

 かといってミントの装甲は思い切り場違いな厚手の濃い紫色のワンピースに上着を羽織っているだけだ。

 にこにこと釣り目を細めて笑って見せる彼女が本気なのかどうかパンハイマにはいまいち掴めない。

 「そいつの事なら心配するな。一人で戦車だって相手にできる」

 不安そうに眉をひそめるパンハイマにそう声をかけて、生須は入り口へ向かった。



  イコンを信用しているのは実はこの中ではパンハイマだけだった。

 あの子の涙は嘘じゃない、僕は沢山女の子の涙を見てきたからわかるという強引な理論によりイコンの道案内をするという申し出を

 彼が受け入れたのだ。

 ミントはどっちでもいいじゃない、と気楽な返事をしたが生須は決してこの娘に気を許してはいなかった。

 もし罠だとしたらこの娘を人質に取るかどうにかするしかない。

 どのみち向こうからかけてきたアプローチがこの娘でしかない以上、他にゴッドジャンキーズにたどり着く方法はないのだ。



  湿った空気と夜よりも尚深い闇だけがその空間を支配していた。

 鼻腔を満たす暗気は粘膜を刺激し、露出している肌にねっとりまとわりつく湿気と伴い不快感を倍増させる。

 下へ下へと向かうコンクリートの道は永遠とも思えるほど続いており、時折立っている蝋燭の元に照らし出される階層の表示板だけが

 現実感を取り戻させた。

 パンハイマはヘッドディスプレイのおかげで闇は大して障害にはならないが、驚いた事に生須とイコンは裸眼でこの闇を平気で歩いていた。

 イコンはゴッドジャンキーズの一員だし、ミントはドールズだからわかるが生須は一体何故?

 「あいつ闇の中平気なんだ。でも何でって聞かない方がいいよ、コンゴのジャングルの奥地で人食いゴリラと戦った時の話始まっから」

 最後尾を歩いていたミントが前方のパンハイマにそっと囁いた。

 「へえ。どんな?」

 パンハイマが前方で僅かな灯りに照らされて幽鬼のごとくゆらめく彼の姿を眺めながら聞き返す。

 「長いんだよね。後で彼から聞いて」

 それきり言葉を切ってミントは再び自分のペースで前進を開始した。



  不規則に置かれている蝋燭や明滅を繰り返す電灯などの照明の脇を通り過ぎるうち、パンハイマは少しずつ眼が回ってきた。

 もう前方をほぼ並んで歩く生須とイコンの背を追い、どのくらい同じような光景の場所を歩き続けているだろう?

 何度も脇の通路に折れたり非常用階段を降りたりを繰り返しながらとっくに時間の感覚がなくなっている。

  傾斜したコンクリートの道を下っている時だった。

 暗黒に響いていたイコンの小さな足音が消え、僅かに冷たい金属音が響く。

 「これは?」

 彼女の疑問の声にパンハイマが前に出ると、ヘッドディスプレイの明度を上げ前方を確認する。

 彼の鉄の目を通して天井から垂れ下がっている闇の中を縦に何本も走る線が見えた。

 イコンが手に取っているのを見て危険はないと判断した生須がその内の一本を握ってみる。

 手の中から伝わってくる湿気た冷たい感触は金属のもので、小さな鉄環をいくつも繋げた鎖が高い天井から降りているようだった。

 道はまだまだ続いているが、鎖は足首のあたりまで伸びている。踏破には骨が折れそうだ。

 密林のつるのようにびっしりと前方の視界を覆うその障害物にパンハイマが感想を漏らそうとした時だった。

 「生須!」

  警告の叫び声とほぼ同時に最後尾にいたミントが一同の背後に振り返って両手を持ち上げた。

 子供の体格ほどもある篭手に開いた五つの穴から、金属光を返す腕ぐらいの太さのガトリングガンが五指のごとく突き出す。

 篭手を巨大な手の甲とするのならば、その銃身が指のように姿を現したのである。

 次の瞬間耳を塞がねば頭が割れそうになる銃声に襲われ、慌ててパンハイマとイコンが頭を抱えて屈みこんだ。

 闇の中を数秒間、激烈な勢いの閃光と音が割れんばかりに満たす。

 「や〜っとでおでましだぜ!」

 いったん銃撃を停止して敵の様子を伺い、ミントが心底楽しそうに呟いた。

 釣り目の美少女の表情が見る見る凶悪な獣のものへと変貌してゆく。

 「何人だ?」

 ミントに任せるつもりか武器は抜かず、彼女を盾にするように床に伏せて生須は状況の説明を求めた。

 「今四人くらい吹っ飛ばしたけどね、生き残りは…6の7の…8人かな?」

 視界が良好だったら常人ならば卒倒しているだろう、ミントの斉射で先頭を歩いていた哀れな教徒は紙のように千切れ飛ばされて

 しまったのである。

  たちまちのうちに周囲を満たす血臭にパンハイマが顔をしかめた。

 床に散乱した肉片はミントの眼にも見えたが生き残りは姿を隠している。

 恐らくパンハイマ達に感づいてやってきた見張り達だろう。

 「どうする? アタシが食い止めよっか」

 銃口を闇の奥に向けたまま戦いの狂気に疼く体を弄びながらミントが生須に振り返った。

 その彼の表情がみるみる強張るのを確認し、向き直ったミントの眼に白煙を上げながら飛来する筒のようなものが映った。

 グレネードランチャー!?

 ミントの脳裏にその文字が飛び交うより速く生須は転身してパンハイマとイコンを押しやり、鎖のジャングルの中に飛び込んでいた。

 「頼むぞ!」

 「オッケー」

 振り返りざま叫んだ生須の声を背にコンクリートを蹴って跳ねたミントがグレネードと対面する。



  床に伏せった体を爆音が僅かに震わせた。

 イコンに覆い被さるようにして庇っていたのはパンハイマだ、女の子に対する瞬間的な反応である。

 ミントを除く三人が鎖の森の中で立ち上がりながら周囲を確認する。

 鼻先までも迫る鎖は完全に視界を覆い、3m先も見渡す事ができない。

 神経を研ぎ澄ませて敵意を探る生須の耳に爆音の後の耳鳴り以外の物音が混じった。

 反射的に右手首の袖から滑り出てきたナイフを構え、二人に動くなと忠告し慎重に物音に接近する。

  ブーツのつま先にコツ、と何か柔らかいものがぶつかったのを感じて生須は慌てて飛び退いた。

 コンクリートの上に茶色い箱が置かれている。ダンボール箱だ。

 何かしきりに小動物の甘えるような声が中から聞こえてくるが、しかし時折何故かその声に肉を潰すような奇妙な音が

 混じっている。

 覗き込んだ中で蠢いていたのは、茶と白い毛皮の生き物だった。

 銀色の長い毛を持つ子犬と猿が一匹入っている。

 両方合わせて一匹だ、何故ならその二つは外科的な縫合によって一匹に繋がれていたのである。

 両方とも異物から逃れようとしているのか、バタバタと空しく足で宙を掻いている。

 ふと、その生物の全身に奇妙な文様のようなものが浮かび上がっているのに気づいて生須は頭を捻った。

 「これは?」

 理解の範疇を超えた物体に、しかし本能はしきりに警鐘を鳴らしている。

 「離れて! 異形化する!」

 不意に生須を追ってパンハイマと共にその背後に来ていたイコンが声の限りにその背に叫んだ。

 目の前から再び飛び退く際に生須が見たものは、あの二匹で一つの生物の身体に浮かび上がった文様がカッと発光する様だった。

 満ちた光の中で急速にねじれて膨張を初め、やがてほんの数秒でその生物はイコンの言った通り異形と化した。

 生須がほんの数秒前までいたスペースに降り立ったそれは、異様に長い腕と犬の頭部を持つ白銀の獣だった。

 猿と犬を足して二で割って巨大化させたような怪物で、感情の読み取れない赤い瞳はじっと生須を見下ろしている。

 「楽な仕事じゃあなさそうだな」

 後ろに一歩後退した生須の頭部に突然、ほんの一瞬の動作で振り上げたその獣の拳が炸裂した。

 転身して駆け出そうとした彼の腕を何者かが掴み、無理矢理後方に投げ飛ばす。

 パンハイマに受け止められた生須が見たものは両手の篭手でその拳を受け止めるミントの後姿だった。

 「行きな」

 勇ましく笑ってそれだけ言い、彼女は意識を前方の相手に戻した。



  三人の気配が遠のく頃、すでにミントとその異形の怪物との戦闘は開始されていた。

 鎖の森の中、まったく視界の効かないミントは速くも苦戦を強いられている。

 相手は鎖の中を猿のごとく飛び交い死角をついて攻撃を仕掛けてきた。

 数回、分銅のように掴んだ鎖に身を任せて突っ込みながら放ってきた拳は彼女の戦士の勘とも言うべき反射神経で防いできたが、

 状況は圧倒的にミントに不利である。

 機動性を奪われて攻撃をかわせず、また相手を追う事も適わないのだ。

 しかも鎖が擦れ合う耳障りな金属音は閉鎖された地下駐車場の闇に木霊し、相手の位置を特定するのも難しい。

  胸に募る焦燥を落ち着かせようと数回、目を閉じ深呼吸をして湿気た空気を肺に取り込む。

 耳腔に響く鎖の擦れる音に精一杯神経を集中させて相手を探り、何とか流れを変えようと打開策を画策する。

 この鎖の中から脱出できれば良いのだが、もしもそれでこの怪物が生須達の方を追い駆け出したらそれはそれで問題だ。

 様々な思惑が脳裏を飛び交っている時、不意に余響を残して鎖の音の発生源が消滅した。

 「?」

 僅かに天然パーマのかかった茶の柔らかな髪を振り乱し周囲に視線を送る。

 困惑の次の瞬間、ぞわりと彼女の背筋に冷たいものが走った。

 戦いの勘がここにいてはいけないと告げている。

 慌てて右へと跳ねたミントの頭上で白銀の毛皮を纏った獣が急降下を開始した。

 彼女の頭上で待機していたのである。

 鼻先を流星のごとく落ちてきた怪物の拳がかすめて行き、ほんのゼロコンマ数秒前までミントの立っていたコンクリートを粉々に

 粉砕した。

 浴びたコンクリートの破片を片手の篭手で防御しながら左手を突き出し、五指のガトリングを発射する。

 耳が千切れそうになるけたたましい銃声と共に豪雨のごとく降りかかる銃弾は、しかし二人の間に垂れている鎖に阻まれ大部分は

 軌道を反らせた。

 怪物に届いた数発は針金のような毛皮に弾かれ乾いた音を立ててコンクリートに転がる。

 「ちっくしょぉ!!」

 臆面もなく声を張り上げるミントの右足の感覚が不意に奪われた。

 相手が手に巻きつけていた、千切り取った鎖の一本の一端を投げてミントの右足の自由を奪ったのである。

 「いでっ」

 鎖に引っ張られて着地に失敗し、床に転がったミントが頭を抑えて呻く。

 彼女が足首に巻きついた鎖を取ろうと腕を振り上げると同時に怪物があらん限りの力で鎖を巻いた腕を引いた。

 ゴムボールのように跳ねながら相手に手繰り寄せられたミントに怪物が残りの丸太のごとく太い腕を振り被る。

 「うわ…」

 慌てて身体を守った彼女の両腕の篭手の前面装甲で衝撃が爆発した。

 再び拳に打ち返されて鎖をつけたまま吹き飛び、背で天井から垂れた鎖を押し退けながらコンクリートに叩き付けられる。

 背中を打って一瞬呼吸が停止し、全身を駆け抜けた衝撃に脳が痺れた。

 「いててて…」

 鎖に絡まって千切れたのだろう、ミントの栗毛が無残にもムチャクチャに乱れている。

 四つん這いになりながら頭を振って視界のもやを払おうとする彼女の身体が三度相手に引き寄せられた。

 「いつまでも同じ手が…」

 瞬間的に右の篭手から生えたガトリングの銃身の一つがみるみる液体のように形を変え、巨大な刃へと変わる。

 バリアブルメタルという、形を自在に変形できる特殊な科学金属で構成されているのだ。

 相手の拳の目前で足首を縛めている鎖を断ち切り、身を翻して相手の攻撃をかわす。

 「効くと思ってんじゃあないぞ、食らえ!」

 相手が自分の身体を手繰り寄せた運動エネルギーをそのまま利用し突き出した左足は怪物の鼻っ面に炸裂した。

 「必殺! ミントメガトンキーーック!」

 コンクリートの上をもんどりうって吹き飛んで行く怪物の身体が突然強制的に停止させられた。

 着地したミントがさっきまで自分の足の自由を奪っていた鎖を掴み、引き寄せたのだ。

 見た目からは想像もつかない怪力で300キロはありそうなその相手の身体を鎖を使って思い切り手繰り寄せると、目いっぱい

 踏み込みを入れて右腕を突き出す。

 「足に跡付けやがって畜生、Hの時ヘンな趣味の女だと思われたらどうすんだ! バカ! 必殺ぅぅぅ」

 凄まじい勢いで飛来する相手の身体に文句を喚き散らしながらミントが五指を握って作った拳を炸裂させた。

 「ミントギガトンパーーンチ!」

 彼女と立場が逆転した怪物は肉塊に変わって鎖を弾きながら再び鎖の森の奥へと霞んで行く。

 その身体が除けた鎖が揺れて降りるよりも速く、背を追ってコンクリートを蹴ったミントが怪物の吹っ飛んで行く先に回り込んだ。

 普通なら鎖が邪魔してこんな高速は出せないが、相手の身体が作った鎖を除けた通り道を駆け抜けて先回りしたのである。

 床を蹴って急停止しながら力いっぱい制動をかけ、血と肉を噴出しながら迫るそれに再び彼女の拳が突き刺さった。

 「必殺ミントクリティカルストライクぅう!!」

 突き上げた拳は丁度怪物の腰のあたりで唸りを上げ、相手は骨を粉砕されて奇妙な形に折れ曲がった五体をコンクリートの上に

 投げ出す。

 鎖同士が擦れ合うけたたましい音に混じって怪物が最後の慟哭を上げ、2,3度痙攣すると動かなくなった。

 死体と化したその全身に浮かび上がった複雑な文様が変貌を遂げる以前と同じく爆発的な量の光を放ち出す。

 死体は奇妙にねじれ、縮小して再び二つで一つの小さな子犬と猿のものに戻った。

  乱れた呼吸を整えた後、静寂を取り戻した闇の奥に向かって誰とはなしにミントはガッツポーズをして見せた。

 「大勝利! イエイ」



  同じ頃、イコンを先頭に三人は闇の中を疾走していた。

 侵入者が存在する事が完全に知れ渡ったようだ、暗黒の中に無機質に響き渡る足音は時を過ぎるごとに増えてくる。

 全身はほとんど闇に溶けているが、時折闇の中に教徒の生白い手足や顔が幽玄のごとく浮かび上がって見えた。

 イコンを急かしながら駆ける生須の両手が時折闇霞み、ヒュッと空気を切る音と重なって重いものがコンクリートに崩れ落ちる音が

 聞こえる。

 はぐれないように気を使いながら走っているうちにパンハイマはある疑いを持っていた。

 教徒たちの足音が一向に近づいて来ないのだ。

 「襲って来ないよ?」

 「来てるさ」

 疑問を投げかけた生須の手がまた鳴った。

 ほんの一瞬蝋燭の曖昧な明かりを銀光が反射し、それが教徒の一人の胸に吸い込まれるように突き刺さった。

 生須のスローイングナイフである。

 彼は自分たちの数m圏内、相手がこちらを攻撃可能な範囲に入ると同時にナイフを放って応戦していたのだ。

 闇の中ではいかなる手段によって眼が見えようとも陽光の元に視界は及ばず、接近戦が主となる。

 相手は数が多いだろうから例え銃を持っていても同士討ちを避ける為に可能な限り接近してから攻撃を仕掛けてくるだろうと

 生須は読んでいたのだ。

 その手が唸るごとに彼が南米で手に入れたあるカブトムシの幼虫から取れる猛毒の塗られたスローイングナイフは閃き、確実に

 敵に突き立てられる。

 この闇の中で走行しながら自分の周囲数mを制圧圏内に置いているのである。

 パンハイマの想像通り生須は並みの使い手ではない。

  やがて闇が途切れて行き着いた先は、通路を完全に遮断するシャッターの壁だった。

 生須が油断なく周囲に警戒を巡らせ、その間にパンハイマがシャッターの脇にある通用扉のノブを掴んで回転させる。

 片手に指ほどの太さの細身のナイフを数本構えながら、生須は周囲を満たしていた殺気が波のように引いて行くのを感じていた。

 代わりに現れたのは今までのものよりもはるかに濃く、深い闇を凝固させたような気配を放つ存在。

 「行け。僕ァここで応戦する」

 全身の肌をピリピリ刺激する敵意を風のように受け流して生須が二人を促す。

 まだ10代と言っても疑われないくらいの童顔だが、彼の眼鏡の奥の瞳が放つ光は殺意に満ちている。

 口の端を歪め闇に溶けるような凶悪な笑顔はパンハイマを戦慄させた。

 「ムチャだよ」

 パンハイマの制止を無視して生須は殺気を突風のごとく放つ闇の奥の住人に向き直った。

 前ボディガードを頼んだ時、パンハイマは生須に聞いた事がある。

 何故こんな危険な仕事をしているのか?と。

 その時と同じ答えを彼は口にした。
                      デンジャー   ピンチ
 「僕ァ大好きなんだ、『危険』と『危機』ってヤツが。好きで好きでこの仕事が止められないのさ」






















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